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2014年1月12日 (日)

相次いでお2人の方から御意見を頂戴、認識を改めました

 あいついで2人の方から、御意見を頂戴しました。ともども、私の浅薄な知識に基づく書き散らしに対する、深い御見識に基づく御指摘で、申し訳なく思うやら赤面するやら、であったのでありました。心よりお礼申し上げます。

 ところが私のパソコンが繋がっている回線の問題か、いただいたコメントに、コメントで返事を(お礼を)するということができません。コメントしたつもりが、次に見に行くと消えていたりします。回線の問題と言えば、コメントいただいたphotoyatraさんの記事を読みに行こうとしても、拒否されたりします。非常に残念です。中国の回線のことはよくわからないのです。ヤフーブログは全部閲覧不可です。そうかと思うと、ライブドアのブログはある人のは閲覧でき、ある人のは閲覧できないということもあります。ニフティのブログは全部閲覧可能です。(今のところは)

 さて、中国にもちゃんと宗派はあった。日本で生まれた宗派もあるが、いくつかの宗派は日本に渡る前からあった。

 大変よくわかりました。ありがとうございました。そして、photoyatraさん御指摘のとおり、宗教が否定される時期が歴史の中に存在したことは大変に残念です。ただ、少数ながら存在する寺院は、今なお大変な参拝客でにぎわっています。北京でもインコウでも私はそれらのお寺に参拝してまいりました。紅の兵士達による60年台の破壊行為は御指摘のとおり大変に残念です。ハルピンのお寺にも、破壊のあとが残っています。(寺院の名前が削り取られたあとがある)その時に暴力をふるわれたお坊さんのこと、破壊された仏像のこと、想像すると心が痛みます。

 猿間湊さん、コメントありがとうございました。和服のことを研究され、もちろん御自身でも平素ご着用である、そのような方のお目に留まってしまって、コメントをいただくことになりましたが、こうやって少しずつ自分の間違いや考えの浅さに気づけるのはありがたいことです。和服が、今のように人間の体を「しめつける」ようになったのはごく最近のことだ、というのは驚きでした。私は室町時代あたりからすべての女性が現在の幅の帯を着用し、複雑な形でその帯を背面で処理するスタイルで、生活していたと思っていました。

 私があの間違ったブログ記事を書こうと思ったのは、中国の生徒が(9割は日本の規準で言うなら御転婆で声と動作がとんでもなく大きい)浴衣でなく和服を着たい、とそう願うとき、あの服装をするとどんな人間でもドラマの(鴨京都へ行く)の登場人物のようにしとやかな動作と声をそなえた美しい日本女性のようになれる、という希望があるせいだと思ったせいでした。なるほど、落語の世界では女性達は叫び、走り、食べ、飲んでいます。もう少し考えてから、彼女には返事し、ブログを書けばよかったと思っております。

 私の配偶者も、すでに結婚した娘も、和服は愛好しております。2人のことを考えながら、猿間湊さんのお言葉を読んだしだいでした。

 どうかこれからも、よろしくお願い申し上げます。

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