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2014年1月21日 (火)

海南島で101歳のおばあちゃんから元気を貰う

101

 午前中の講義の後、孔子学園の校長先生に案内されて、村一番のお年寄りの家へ。

 一時は、この23戸人口110人の村に、百歳以上のお年寄りが3人も居られたそうです。現在は101歳の女性が1人。

 「ニィハオ~」と大きな声で呼ぶと、黒い帽子をかぶった小柄なおばあちゃんが、もう少し若いぐらいのおばあちゃんに手を取られ、後ろに見たとこ私と同じくらいの年齢の、恰幅のいい男性を従え、出てきました。しっかりした足取りでこちらを見る目線も力があり、とうてい百歳を越えているように見えなかったので、この人がその、この村の最高齢者ではないだろうと、思ったのでした。ふかふかの座布団の上にちょこんと座り、身動きもしないのが百歳というものだろうと思っていたのです。そもそもこのおばあちゃん、私たち訪問者が待機している場所に、中国の家らしくある程度の段差がある入り口のギャップを、「ひょい」と乗り越えてきたのであります。

 でも、「まさか」と思っている私たちに、校長先生は「この方が村一番の高齢者です」と紹介されました。

 辛亥革命から2年後に生まれ、日中戦争の頃にはもう既婚者で、子どもを何人も育てていて、終戦と日本兵の撤退をその目で見、中華人民共和国建国のその日にはなんと36歳、それ以降この椰子の林の中の小村で作物を育て川の魚を料理して子どもや孫に食べさせ、親戚や近在の人々に限りなく大切にされながら生きてきたのだ、と思いました。

 「おばあちゃん元気ですねぇ、看起来健康!」と言うと、「眼は手術して見えるようになったけど足は痛いし手は痛いし耳も遠いからあなたの言う事もよく聞こえないのよう」と、高い澄んだ声で話されます。最後の「ティンブトーン」は3文字の成句ですけど用語も声調も20歳の大学生と全く同じ、とても1世紀を生きてこられた方と会話している気がしません。

 若そうに見えるとは言え、日常生活で思うに任せないことは沢山あるだろうし、何人も横で支える親戚や村の人のご苦労もしのばれるのですけど、でも元気であります。立ち姿もしゃきっとしているし、目以外にはこれという病気もないそうであります。

 手を見せてもらいました。

 思ったとおり、すばらしい手相であります。小さな手ですけど、どの線もくっきりとしていて鎖状の部分が無いし、線の上に星や他の線の干渉がない。なにしろクヨクヨと物事を思い悩まない相で、子どもに苦労させられることが皆無、という手相であります。もとより手相なんて所詮は遊びマヤカシなのでありますが、かつてこれほどくっきりした深い乱れのない頭脳線というものを見た事がない。ちなみに生命線は「長さ」ではなく、「深さ」と「終端の形」で見るのであります。このおばあちゃんの生命線は別に長くない。ただ、じつに深いのであります。

 何か生きるパワー、言葉にならない知恵のようなものを貰った気がして、もういちど固く手を握ってもらい、おばあちゃんの家をあとにして参りました。

 あ、その前に。

 このおばあちゃんの息子さん、81歳。

81

 並んで写真を撮りました。

 私とどっちが上? と聞くと、写真を見た人はみな迷うに違いない。息子さんも若いのであります。いつだったか北海道赤平市の病院で生年を聞かれ「26年の生まれですが」と答えたところ、「昭和の年号で言ってくれますか?」と聞き返されちゃった私は、海より深く反省。

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