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2013年12月 8日 (日)

中国の「残す食文化」は明らかに変わりつつあります

 2年生のある人から、「安くておいしい食堂を見つけました」と言われ、新中新へ。

 1階にテーブル席が5つほど、狭い階段を昇った2回に6席ほど、という本当に小さな食堂です。

 何が良かったかというと、盛りきりの食事が、「ちょうど食べきれる量」。

 本当に健全です。

 私は、「日本人は食材を残すのを好まない」ということをずっと言ってきました。「日本の子どもは、お米を残してご飯を終えると母親からほっぺたをぶっ叩かれて育つんだよ」というと、「本当ですか? 中国の母親は全部食べると叩くかもしれませんが残しても叩いたりしません」というので、「食材を残さないのは大事なことだと日本人は考えてるってことだよ」と私は私の意見を述べております。

 実際、中国の食堂では(学校食堂でも)絶対に食いきれない量をがばあっと盛ります。生徒によっては、3分の1ほどしか食べられません。残りは残飯桶にざあっと捨てます。13億の中国人が同じことをやったらそりゃ損失は巨大なものでしょう。「それが文化だ」と言われたら沈黙するしかありませんが、私は1年以上中国に滞在してこの「残りを捨てる」という文化に、なお、なじめません。たとえ青菜1筋でも残すのは良くないことだと思います。

 そう考えている私にとって、この新中新の小さな食堂は喜ばしい。

 ご飯の上に照り焼きのチキンが載りスクランブルエッグが載りジャガイモほかの野菜料理が載り、10元。日本円にして約160円。ミネラルウォーターの持込はOKですけど持ち込まずそこで注文しても1元です。

 「大変おいしかった。次は奥さんと来ます」というと「歓迎再来」と愛想よく言ってくれる女店員さんに送られて、零下20度のハルピンの空気の中、アパートへ帰ります。

 気づくと、「食べられる量しか盛らない」食堂が、増えているようです。東方餃子はハルピンだけで何十店舗と構える巨大チェーンですが、すべてのメニューが「食べきれる量」です。だいたい116元~20元ですから、余りが出るほど盛ったら利益が出ないのかもしれない。よいことであります。そうかと思うと、頑固に「これがうちのやり方なんだよ、これがサービスなんだよ」と、巨大な皿にてんこ盛りするやり方を変えない店も、存在します。私が中国に滞在するのもあと7ヶ月足らず。さてどう変わるのか。変わらないのか。

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