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2013年12月15日 (日)

教師は一日一回自分の顔を見ましょう

 夜に、まぁ私のようなアカンタレ者だっていささかの教材ぐらいは作ります。

 23時か0時になって眠るときに、洗面所に入ります。その時間帯になるとアパートの屋上の貯水タンクまで水をくみ上げるモーターがストップしておりますのでもう水は出ません。汲み置きの水で顔を洗い歯を磨くのですけど、鏡に移った自分の顔を見て、おぉ、本日教室で川端康成がどうしたこうしたという授業を行った人間はこんなひどい顔をしていたのか、と驚くのであります。なんというか険しく懐疑的で生徒の失敗とアラばかりを見つけるのに汲々とし、慈悲や寛容や受容や共感ともっとも遠いところにいる、人間の「顔」であります。そりゃもうひどい。

 「顔」のことを、あだやおろそかに考えないほうがよい、と私はずっと思ってまいりました。学校の教師にとって「顔」のことなんてどうでもいいだろ、という人は、今すぐその考え方を変えたほうがよろしい。福山雅治になれはいいませんけど(字、あってるかな)最低でもこの「顔」を見ながら生徒は日本語について考え、川端について考えるのだという覚悟というか自覚は持っていた方がよろしいと思います。顔は言うまでもなく大事なコミュニケーションツールでありどんなに美辞麗句を重ねて「君が好きだ」と言おうが「顔」ないし表情がその感情の発露を阻害するようならいかなる情報も伝わりません。

 ただ、私のようにキチャナイ顔を持っていたとしても、目の前の生徒諸君に慣れてもらう、あるいは評価を変えてもらう、ないし他の情報と組み合わせて印象に添加と改変を行うことなら、できます。バカにする人もいましたけど、私はそのために他人と少し違った車に乗り、晴れた日にはむやみに排気量のでかいバイクで出勤したのだ。実のところ、授業のためで、あります。

 サッカーの本田選手。

 大阪は通天閣の下を歩いていて、本田選手のことを何も知らないで彼とすれ違ったら、私は道をよけます。私だって命が惜しい。しかし世界中の人がこの選手のことを知っております。理知的な、才能あふれるストライカーであり彼を知るすべての人が尊敬と憧れを抱く。その顔と、人間性、すべてに、です。

 「ほら見ろ、顔じゃないじゃないか」という声が聞こえてきそうだ。

 違います、全部が「顔」なのです。情報のかもし出すオーラ、すべてをひっくるめて「顔」なのです。

 

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