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2013年11月25日 (月)

難解な言語は文化の流出と流入を阻害する

 日本語能力検定が次の日曜まで迫りました。

 その2級を受ける3年生女子が、職員室を訪問。「説明してください。」

 指差した問題は、「日本(   )、桜を思い出す。」その(   )に入るのはなにか。正解は、『といえば』ですが、なぜ『といえば』なんですか。なぜ『に対して』ではないのですか。」

 ……非常によくある質問であります。そして、回答ももう決まっている。「説明はできない。そのまま覚えてください。そして数多くの問題を口に出して複数回、読んでください。自分の声で、自分の口で、覚えるんです。」

 青森といえば、ねぶたです。

 京都といえば、祇園祭です。

 それでもしつこく、「なぜ、『日本といえば桜を思い出す。』なのですか。『日本に対して桜を思い出す。』ではいけない理由を教えてください。」という人もいます。他の問題も同様です。疑問に思うその気持ちはわかりますが、説明されて納得して問題解決能力をつけようという人は受かりません。

 日本語は、ニュアンスの言語であります。よく言われることですが、「海を泳ぐ」「海で泳ぐ」はともども良くて、「プールで泳ぐ」は良くて「プールを泳ぐ」はいけない。文法的に説明しようと思えばできないことはないのですがその文法的約束を知ったところで他に応用できるとは思えません。「そういうものなのだ」と思うしかない。「が」と「は」の使い分けについても説明しようとするとふと無力感にとらわれることになります。説明しようとすると例外についても説明しないといけなくなる。以前、『大』はどんなときが『ダイ』でどんなときが『オオ』なのかという質問を受け、原則として漢語が続く場合にダイ、和語が続く場合にオオ、と説明したら、「じゃぁ大地震は。ダイもオオも、どっちも言いますよね。地震は和語ですか漢語ですか。」「私は先生のことが大好きです。これはオオ好きが正しいのですか。」という、無理な(でも、もっともな)質問がありました。例外が多い、そりゃもう『法則』とは言わない。

 ニュアンスの言語なのであります。そして、中国人大学生のすべてが日本語について「難解だ」と愚痴るとき、このニュアンスのことをさしています。

 日本語は、発音はたやすいはずだ、音韻が150くらいしかなくて、中国語のように『シ』だけでshi1~shi4、xi1xi4まですくなくとも8種類、というような言語とは違う。でも、こまかな『ニュアンス』となるとむやみに難解になる。

 そして。これもしょっちゅう言われることですが、その文法的・発音的とはまた違う難解さが、外国人に対してある『壁』となり、文化の流入と流出を阻害してきた。日本人は、日本語をしゃべることによって、「日本人」になったのであります。日本人は時に心と裏腹なことを言う、日本人は時にごく微妙なことを言う、といわれますが、実は日本語を使う人間である限り、「あいまい」なのであります。

 「田中さんの英語は、まぁまぁですね。」要するに下手なのだ。でも、

 「私の英語は、まぁまぁです。」実は、大変にうまいのだ。なぜ、他人について言う時と自分について言う時と、同じ言葉の表す程度がそんなに違う。

 説明は、できない。しようとする日本語教師もいるけど、しないほうがよいと、私なら思う。

 日本語能力検定に受かるということの大変さが、私にも想像できるのであります。ちなみに、日本の凡人社から出ている問題集には間違いはありませんが、中国で出版されている中国人の編集したN1問題集には、よく間違いが見受けられます。やむを得ないのであります。

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