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2013年11月26日 (火)

夢ある人の話は同じく夢ある人の耳にしか届かない

 その昔、40年いやもっと以前、私は京都市山科区というところにある、『寿美』という小料理屋さんを愛好していたのでありました。和服の着こなしの大変にイキな女将が、オーナーで自ら料理をしておりました。京都市内のホテルで仲居さんをしていたときに貯めたお金を使って開店した、その時からの私は客でありました。彼女は、友達のような使用人のような同年輩の女性とたった二人で切り盛りをしていたのでありますが、料理は安くておいしく、祇園や木屋町のような華やかさはないけど落ち着いて食事ができるということで何人もの友達を連れて行ったものであります。二十台の初めから56年も通いましたかしらん。

 ある夜。

 カウンターに隣り合わせた、作業服姿の中年のおじさんが、突然妙なことを言い始めたのであります。

 「京都セラミックの株を買え」。

 京都セラミック? 当時はまったく無名の、さほど大きくもない町工場でした。本当です。何か新しいことをしているということは近くだから何となく聞いていたけど、まさか、そんな、株を買うだなんて。でもおじさんは結構酔っ払っていて、しつこく繰り返すのであります。

 「京都セラミックの株を買え。悪いようにはならへん。」

 女将は、おじさんに向かってやんわりと「ついこの間まで学生やったようなぼんぼん(私のことだ)に、株を買うようなお金があるわけあらしまへんやろ」と言ってくれたのであります。

 翌朝、新聞で、私は確認したのでありました。驚くべきことに1株が1880円ほどもした。当時は今と違い、最小取引単位が500株であります。つまり100万円の金がないと京都セラミックの株は買えない。思慮のない私は新聞をとじ、「あのおっちゃん無茶なことを」とつぶやいて、それきりその話もおっちゃんのことも、忘れてしまったのでありました。

 本当のことです。

 当時の私は本当に大学を出たてで横っ腹にスリムな犬の絵を描いたタクシーで月にやっと16万ほどの金を稼いでおりましたから、株を買うことができようはずもない。しかし本当にあの時、手元に、間違って百万の金があり霊感がはたらいて500株を買っていたら……と、考えないでもないのであります。

 あのおっちゃん、実は誰だったのだろう。40年前の京セラはそれほど人数のいないごく小さな知名度のない工場であります。もしかしたら、創業主その人だったのかもしれない。京都セラミックスが(当時は京セラという社名はない)山科、寿美さんの近くに移転したのは1972年のことだから私の記憶とは一応符合する。でも私なんかのなけなしの百万をあてにしないでも、その翌年くらいから株価も(当然業績も)急角度で上昇する。

 あのおっちゃんが稲盛さんその人であるとはとても思えない。しかし、言動と服装から京都セラミックスの社員であることは、間違いない。私は、夢ある人の横で、聞くべき話かそうじゃないかを識別できない、ただただ無意味に酒を食らう夢なき人だった。

 ……その一件は、今も何かを象徴している、と思うのであります。

 あふれる夢を持つ人が100万の資金に頭を悩ますとき、夢なき者の耳にその夢は届かない。

 金の問題じゃない、話をまじめに聞くべきだった、後悔してもしきれない、若き日の過ちであります。

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