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2013年11月30日 (土)

テレビが私に教えたこと(1)

 結婚以来30年、私の家にはテレビがありませんでした。理由はただ1つ、子どもに見せたくなかったからです。全く才能のない、ちょっと顔と仕草が普通のヒトと変わっているというだけの人間が、カメラの向こうに登場し、奇声を発し、わけのわからないことをしゃべり、意味のわからないことを言い、おもしろくないのに笑い、誰も笑っていないのにスピーカーから笑い声が流れ、散文的にあれを買え、これを買えというメッセージが矢継ぎ早に変わる映像と言葉で発せられ、そしてテレビに出てくる人間はあっという間に消えて別の誰かに置き換わってゆく。なんといいましたっけ? 眉毛を太く描いた男か女かわからないタレン……(なんといえばいいのだろう)がいますけど、彼女(彼?)が3年後にもいると思う人はだれもいないでしょう。誰にだって代替可能だということですよ。才能が必要ない世界だということですよ。才能のない人間が何をするというのだ。意味のない情報の束しか生み出せはしない。

 テレビがあるから若手の落語家は落語という芸能を研究しなくなった。しかし日本の文化芸能の中で、落語は絶対に消えてはいけなかったものの1つであります、と私は思っております。たしかに、私たちは日常の中で深海の様子やアマゾンの秘境を実見することができない。それら異世界に対する蒙を啓いた功績はあるかもしれない。一度見たら忘れられない映像だってある。知識は増えた。しかし同時に、異世界に対する想像力は、私の中から失われた。あるテレビ番組が、ギリシャの、電気も来ていないような海浜の小村のレポートをしたとする。私はミケーネという魅力的な名前の村を知らなかった。美しい時間が流れる美しい村があることを知らなかった。たまたま入った大衆食堂でテレビがついていたから私はその村が「ある」ということを知った。しかし同じ知るなら書籍の中で知りたいものだ。テレビでそれを「知る」とき、私は「おお、こういう村があるのか、そうなのか」と「納得」するのか? それとも「よし、こんどの長期休暇にちょっと行ってみよう」と、好奇心を抱いてわくわくするのか? どっちだ? 書籍で得た知識なら、どっちなのか、想像するまでもなくあきらかだ。

 この手の愚劣な「納得」を、テレビは日々、私たちに強制してやまない。温泉の待合室には必ずテレビがついていて、大人たちが食い入るように見ている。それがニュースでも、出っ歯の関西弁タレントが「自分ら、そんな出会いでよう5年間も付き合ぅて来たのぅ」とあきれた顔で叫び汚い顔の普通の人間がゆがんだ顔をカメラに見せるさっぱり志のわからない番組でも高校野球でも、全く、全く同じ顔で見る。それはもう、ものすごい判断停止の顔で見ている。(実は見ていない)そういう顔でテレビを「見る」大人を見るとき、子どもは、世界とはその程度のものなのだと思う。

 それが嫌で、子どもにはテレビを見せなかった。長女は実に愉快な人間に育ったが、ほんの子どものころからその片鱗はあった。私はある時、電子手帳を開いて愕然としたことがある。

 萩を、津和野を、白川村を、長崎の口之津を、旅するとき、もしかしたら私たちはテレビで見た情報を確認しようとしていないか? ああやっぱりテレビで見た通りね、という納得をさがして旅をしてはいないか? としたらそれは旅という名に値する移動なのか? それでも新しい発見はあるものだ、と、普通の人は言うだろ、冗談じゃない、そもそも動機が汚い。テレビで見て興味を持った、という動機が汚い。汚い動機から麗しい成果が得られるなんて仮説は、中上健治の小説だけでたくさんだ。

 世界は要するにこういう形をしています、こういう様子です、と教えられて私たちは納得してしまった。大人はいい、どうせすぐに死ぬ、しかし子どもはそういうわけにはいかない。好奇心を糧に子どもはこれから80年続く人生を生きる。80年を、ただ納得するためだけに費やすのか?

 それは、地獄だ。

 ある朝私は、電子手帳を開いて愕然とした。すべての項目が消され、「アアテレビガミタイ」という9文字のカタカナで埋め尽くされていた。

 今も、彼女はこのまま、小学校中学年だった頃の好奇心と挑戦者精神をそのままに持ち、愉快な大人として、生きている。彼女の子どもも、愉快な人間に育つだろう。

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