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2013年10月 4日 (金)

中国東北部の旅で心配だったこと……川の色について

 往路は夜でありましたから車窓の景色は何も見られませんでしたが、帰路は午前726分鳥西初、午後425分ハルピン着でありますから、黒竜江省東部の景色をずっと眺めながらの旅となりました。地平線がある北部と違い、東部ではずっと土地は「何かのために存在」しておりました。畑、工場、採炭地、果樹園、そしてもちろん住宅。

 疑問があります。

 川のことであります。川は、小川であれある程度の水量のある川であれ、みな濃い茶色に濁っておりました。誰が考えてもわかることですがそれは土地が流れ出しているということです。

 事実、たった今収穫中か、あるいはされたばかりの玉蜀黍畑が浸食されあやうく川にせり出す格好になっている、という箇所をいくつも目撃しました。

 普通の農民であれば行政当局に、俺たちの土地を守るために護岸工事をしろ、と要求するところだ。それとも、それもまたそこを耕す農民の負担なのだろうか。事実、明らかに素人工事で川の形が変わるのを防いだ、という箇所もあった。でもそれはある大きさの石を適当に持ってきて川ふちに置いた、というものでしかなかった。やらないよりはやったほうが玉蜀黍畑の短期的な将来のためには良いのだろうけど、永続性には疑問がある。それこそが行政が考える土木工事の範疇ではないか、と考えた私は偏狭な日本的視野の持ち主なのだろうか。(たぶんそうだろう)

 黒竜江省の東部地域はびっしりと玉蜀黍、麦、米、それから葡萄(!)が作られていたから、肥沃なのに違いない。北西部はけっこう荒涼とした原野だったから、かなり差がある。それを、川の水が浸食するに任せる、というのはそこを与えられて耕作する農民にとっても国家にとっても、甚大な損失ではないか。

 生態系への配慮なのだろうか。たしかに日本の護岸・利水工事が損なった水中のいのちは深刻である。護岸工事は不可避的に魚の産卵場所を、水中で命をはぐくむ昆虫類の、その他生物の生きる場所を損なってきた。そうしなければならなかったという側面がある。今、日本の農業地帯で日常的に泥の流れる箇所があったら多くの人は、うむ、魚と昆虫に優しい、とは思うまい。治水工事設計のミスが指摘されても仕方ないだろう。

 中国の東部の肥沃な土地を流れる川を泥流の状態に放置するというのは生態系への配慮であったのか。

 無理がある。

 「それこそお節介だ」と言われても、なお気になる。なんのための姜さん党政権なのだ。

 ところで。

 私が鳥西で3泊した旅館は、すばらしかった。1泊たったの80元(1250円ほど)で部屋にインターネット使い放題のコンピューターがあり(残念ながらFEPが…日本語も中国語も…なかった。返す返すも残念)トイレがあり20分間使い続けてもお湯の温度が変わらないシャワーがあった。これはすごいことだ。

 快適だったことのお礼を述べて別れる時、私はおかみさんに訊いた、「これまでこの旅館に泊まった日本人は、何人?」

 返事は、「そんなのいるわけないね。あんたが正真正銘の1人目だよ」

 町の人は、誰も日本人を見たことがなかった。遠からぬ将来、私はまたここを訪ねるだろう、なにしろハルピンからたったの10時間だ。

 二人目の日本人として私が泊まるとき、川の色はどうなっているだろう、お節介だけど、切なく心配する。「実家が玉蜀黍農家です」という生徒は本当に多いからだ。

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