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2013年10月14日 (月)

ある日通訳さんが「私が1年の時は日本人先生はいっぱい教えてくれました」と……。

 1年生の授業中に通訳さんが思いがけないことを言います。

 「私が1年生だったときは、日本人の先生はもっと色んなことを教えてくれました。」

 私は日本にいたときも本朝末番の国語教師、と自負しておりましたから、「あなたはダメだ」と言われても傷つかないのですが、やや「意外」でした。彼女は、私の教授内容が「少ない」と言います。いつも持ち歩いているのでしょう、カバンから1年生当時の日語基礎のノートを取り出し、見せてくれました。

 なるほど、教科書を丸写しした文章の右横に、文法的事項がいっぱい書いてあります。「かばは、はなのあなをとじることができます。」は=主題的主語を示す副助詞しばしば主格助詞「が」と混用、の=所有格その他付所属を示す格助詞しばしば主格助詞としても使用、を=目的格を示す、……というあんばいです。

 なるほど、私は文法的事項については手を抜き続けている。このノートはすげぇ、と感心しました。

 細やかな授業に対する並々ならぬこだわりがないとこういう授業はできない。私のように、朝教室に入るなり腕まくりをして、「今日オレにかかってくるのは誰だぁ」と言いながら教室に4分の1しかいない男子を順繰りに腕相撲の相手として指名するような遊び半分の教師とわけがちがう。ちなみに41敗。

 でもすぐに私は、「おかしいじゃないか」と言いました。

 1年生の時にこれだけの授業をしてそれが身に付いているなら、なんで4年生になってろくに会話もできない、5行の作文を書くのに1時間もかかるようなそんな生徒があんなにたくさんいるんだ。

 通訳さんに、「あなたはこれを全部覚えているのか」と聞きました。彼女は胸を張り「もちろんです」。

 しかし容易に想像がつくことですが、少なくない生徒が音を上げ、文法用語の海を対岸へと泳ぎ切ることを諦めたはずだ。その結果が今だ、残念ながら。一部エリートは通訳を務め、あきらめ組は今日の日付さえ発音が怪しい。そんな状態で卒業期を迎えようとしている。

 その膨大な格差の責任の一端は、明らかにこの大量の文法的事項にある。

 私は通訳さんに言いました。「この中から、あなたのような通訳さんが1名だけ誕生してほかの25名はどうなってもいいというなら、このような授業でも良いだろう、でも、できれば全員とせめて日常会話程度の交流ができるようになりたいと思うと、今のようにできることをゆっくりと、くり返し、ということになるよね。」

 通訳さんは、わかりました先生のやり方で良いです、と言いました。

 私は通訳さんに1つ、明らかな嘘をつきました。

 やろうと思えば文法的事項満載の授業もできる、というようなことを言いましたが、実は「できない」のです。

 私は、日本語には文法は「ない」と考えています。表記文字と口頭単語が別々の異国からやってきた高度なハイブリッド言語である日本語には色々な特徴がありますがその1つが「確立された文法はない」ということです。

 動詞に「て」をつけて「ます」をつけて「ない」をつけてどう変化するかでグループ分けしようとするとたちまち例外という壁に突き当たります。例外にも規則性をもうけようとすると更に別な規則が発生します。品詞は10なのか(高校文法)9なのか11なのかの議論に最後まで結論は出ないし「いい」が連体詞なのか終止形と連体形しか存在しない形容詞なのかの議論にも結論は出ない。結論が出ないということはそもそもその問いそのものが存在しなかったということです。「豆腐屋は朝が早い」を文法的に解説しようとすると1時間の授業がつぶれる。しかし、「日本語には実は文法はないのです」と言ってしまうと一気に気持ちよくなる(少なくとも私は)。

 橋本先生にも時枝先生にも大野博士にも、心から「ご苦労様でした」という気持ちは、もちろん私にだって、ある。

 でもこの人達の忠実な「弟子」を任じる日本の高校教師は、どんどん日本語の授業をつまらなくした。

 それを中国にまで持ち込むのは罪だろうと、思ったのであります。

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