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2013年9月11日 (水)

歴史認識、謝罪、反省という言葉を聞くたびにわたしは

 歴史認識、謝罪、という言葉を聞く度に私の頭は混乱するのであります。

 すでに歴史的には一度は(あるいは数度は)世界各国に対して平身低頭したことのある国が、幾分かは(まぁほとんどは)自らの責任であることは間違いないにせよ壊滅的な国土、人的・物的財産の損壊にあいそれでも自らの責任を深く自覚し絶対に「戦闘行為としては」使う必要のなかった新型兵器を2つも落とした某国の支配を受け入れその指示に全面的に従い、本来なら広島・長崎にゆかりはなくても激しい怒りを抱くべきなのに自分たちで「過ちは繰り返しませぬ」と『反省し』……。

 それだけで、実に実に謙虚な、美しい穏忍自重の国ではありませんか。

私はその国になお誇りを抱く、62歳の日本人であります。時々そういう自分に「感心します」。

 1万回同じことを言いますが、この国が好きであります。

どの国にも、怒りをぶつけたりしない。たとえば……。

国家の最高意志として武装解除が全兵士に呼びかけられその(武装解除の)手続きを待つばかりだったその国に、戦後の支配体制のための地歩を固めるために武力侵攻したのは、どこの国?

何万人という「武装解除に応じようとしていた」人間の頭上に再び爆弾を降らせ、終わるやいなや(戦争はすでに終わっていたのだが)その人たちを連れ去り、自分たちも仕事できないような極寒の原野で酷使の上殺害した某国、その国に対しても明確なはずの違法行為を「敗戦国だから」という理由で指摘したことがない。

 もう充分ではありませんか?

 たしかに、私たちの国は間違ったことをしたと、思う。しかし68年間、他国に対して一発の銃弾を放つこともなく、武器の輸出を考えることもなく(実はその技術力は今なお世界一なのに)、大国の一方的な都合で押しつけられた通貨レートを粛々と受け入れて懸命に働き、すべての資源を「市場価格で」買って生み出された福利を国民で分配してきた、そうやって穏やかに歴史の勉強をできるようになったこの国の68年が、その静かな決意が、行為が、世界中に向けての広い意味での「反省の表示」でなくてなんなのか。

 私の父も戦争に参加した。その肘の所にあった銃弾の貫通痕の理由を、彼は決して語らなかった、中国大陸であった他のこともだ、本当に残念なことだけど私はいち兵士として実の父が間違った戦闘行為に参加したことを直接に知っている、感じている、中国の大地は中国の人のものだったから、だから私が父から受け継いだ歴史の記憶として反省し、謝罪するなら、わかる。実際にこの中国の土地でこの口で、それを言ったこともある。その時あったタクシーの運転手さんは自分のフレッシュな怒りを、持っていたから。

 しかし、領土と通貨と自らの政治行為のために他国に謝罪を要求し国内にそれをPRするという人間が、実は自分のフレッシュな怒りなんか持っていなかったとしたら、純粋に権力の維持と経済行為のためにそれをするとしたら、そのような人間をいただき満足するような国は、遠からず滅びるしかない、そのように思うのであります。

 このように書くと、「あなた変わったな。学生時代はそんなこと言う人じゃなかった」と、そのように言う人がいる。

 当たり前だ、変わらなくてどうする。学生時代って、そりゃ何年前だよ。

 私の主張がガラガラと変わる理由は。

 中国に来たから? タクシーの運転手に「今日は雨だから日本人だけ料金は5倍ね」と言われたから?

 ちがう。

 書籍の影響? ちがうちがう。

 友人? 少しはあるけど違う。

 自分の子どもが生まれたからだよ、その子どもを通じて、十年後、五十年後の日本を見るからだよ、それが最大の理由だよ。

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