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2013年9月 6日 (金)

社交ダンスと迷彩戦闘服と

 8月末から、3年生の授業が始まっています。3年商務班1学級の日語会話、3年実験班1学級の日語会話です。

 やることは同じなのですが、商務班の生徒からある訴えを聞きました。

 「実験班では、基本的に多くの授業を日本人が担当します。ですからたくさんの日本人先生と会話する機会があります、でも商務班はビジネス日本語を習得するのが基本なので、日本人の先生方とあまり触れ合う機会がありません。」

 毎日3人ずつ、一緒に夕ご飯を食べることにしました。なぜ3人なのかというと、生徒用の食堂のテーブルが4人掛けであるからです。27人をどういう組み合わせにするか、どういう順番で食事会を持つか、それは生徒に任せました。

 3年生と言っても会話能力はそれほど高くなく、筆談、あるいは辞書を引きながらの対話となります。食事時間は1時間と決めましたが、3人の人に平等に話してもらい、平等に理解して欲しい、何よりこの食事会を楽しいものにしたいと思うと、たったの1時間でもそれはそれは大変です。終わるとぐったり疲れます。1時間が限度だろうと思います。

 「お家はインコウにあるんですか、大連のすぐそばですね、高速鉄道と普通列車と並行して走っていますね。あなたはどっちで帰省するのですか?」

 そんな単純な会話でも、伝え、答を聞き取ろうとすると本当に大変です。私だけではないと思うのですが、半分しか相手の話がわかっていないのに、フンフンなるほどと相づちを打ってしまうという、悪いクセを何度も何度も自覚します。それは本当に良くないと思います。わからないことがある時、「え? リャンガシャオシーって、それは目的地までの時間? それとも目的地にいた時間?」とただすことにはそれほどの意味はないし、たしかにそんなこと曖昧にしたままでも仲良く食事はできます。でもそういうことの積み重ねが、つまりはコミュニケーション不全となるのではないだろうかと、考え出すと、やっぱり聞かざるを得ないしそういう1時間というのはすごく疲れる、ということです。

でもそれは、心地よい疲れです。生徒もぐったりしていますが、それでも気持ちは良さそうです。あとで携帯電話に、「3人のうちで私が一番話をしませんでした、申し訳ありません」などというメールが入ります。生徒なりに意義も良く理解しているということです。

 27人の中国人生徒のグループ、と見るのではなく、11人と対話していくと、それはそれは楽しいです、何度も言うように緊張もしますけど。

 「インコウが故郷ですから毎日海を見て暮らしました。祖母が教えた社交ダンスは今でも私の自慢です。」

 彼女も3年前に軍事教練に参加したはずですが、社交ダンスが得意な、祖母と海を愛する人に迷彩戦闘服は似合わないと思います。

 「双鴨山に家があります。日本のワンピースというアニメが大好きで毎日見ています。」この人にも、軍服は絶対に似合いません。

 羅くんという男子生徒がいます。公務員になりたくてその勉強をしています。穏やかで優しく、食事会の間じゅう、誰かの発言が文法的に間違っていると、そっと「日本語ではこう言うんだよ」と教えてあげます。李白と白居易が好きで、私と声を揃えて、有名な「静夜思」を読んでくれます。彼は立派な体格のスポーツマンですけど、迷彩戦闘服はやっぱり、似合わないと思います。

 誰に似合うのだ? と考えながら、私はご飯を食べます。

 え? 似合う、似合わない、もちろん、お節介であります。

 でも、お節介というなら……。

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