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2013年9月19日 (木)

1年生には中国人日本人クオーターがいて……ふと「3年目もやるかな?」と思うとき

 配偶者様と、学内食堂で昼食を摂っておりました。休暇中なので2つある食堂の1つだけ、それも3階まである食事スペースの1階分しか営業されておりません。それでも生徒の数はまばらであります。

 「先生! こんにちは!」と話しかけてきた男がおります。1年生のワン君でありました。

 立ち話。

 授業の時から、やたらと日本語の発音が正確だなと思っていたのですが、おじいさんが神奈川県生まれの日本人なのでありました。彼はクオーターなのです。とはいえ(家に日本語環境が少しあったとはいえ)まだ日本語で意思疎通を行えるほどではなく、会話は英語でした。

 大連に家がある彼ですが、父親は手広く事業を営むビジネスマンで、彼は父の仕事の関係でプライマリースクールはカナダのトロントで卒業しています。そのあとも父の仕事の影響でインドとベトナムで暮らしたことがあり、「実は中国のことも今なお外国のように思う」というのでありました。小学校をカナダで卒業したというのではそうかもしれない、と私は思いました。

 おじいさんの影響で大学では日本語を勉強しようと決めていた、と彼。ただしおじいさんは彼に日本語を教えたというのではない。文化的な何かを残しただけだったのでしょう。

 私は彼に7月の大連旅行のことを話し、旅順の203高地見学のことも話し、海の綺麗さにも話はおよび、彼の、いつか大連を再訪してください、という言葉を最後に食堂での会話は終わったのでありました。

 その夜。彼からメールと電話ありました。「今、先生のアパートの前にいます。月が出ました。一緒に見ましょう」。

 ちょうど風呂上がりで食事を済ませたばかりだったので、冬服を着て(ハルピンの夜の気温はもう10度以下)表へ出ました。彼と、同室の黒竜江省ソイホワ出身の男子が一人。

 月が出ました。彼にとってはハルピンで見る最初の中秋月、私は二度目。

 見事な、巨大な満月でありました。

 月を見ながら、写真を撮ったり撮られたりし、いろんな会話。

 「老師、来年7月で日本に帰るなんて言わないでください。更にもう1年中国にいてください。」

 「そりゃ、Health permission だねぇ。もう62歳だからなぁ」

 「えっ、五十代の前半かと思ってました」

 ……なかなか、オジンを喜ばせるのがうまいのであります。

 「こんなに早く、外国人先生と仲良くなれるとは思いませんでした」

 「君の血の4分の1は日本だ。我々は外国人同士じゃない。」

 そんな会話をして、別れたのでした。

 ……20128月、中国に来た時、1年しかいないつもりでした。すぐに「こりゃ1年で帰る手はない」と思いました。今年8月ハルピン空港に降り立ったとき、「最後の1年かぁ」と思いました。で、今……。

 月はまだ出ています。今夜は中国人にとってとても大切な日。中秋節であります。

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