« 教育を「評論」する人間のうさん臭さ、その存在の意味の欠如 | トップページ | 玉音放送の日に考えること……映画のこと »

2013年8月13日 (火)

「社長の金言2」を読みながら考えること

 Tvh系のテレビ番組「カンブリア」宮殿に招かれた経済人の発言録「社長の金言その2」(文庫本)を読みながら、日本人の幸福の基準はどこに移行したのだろう、と考えました。
 ほんのちょっと前、私(62才)が大学を出る頃までは(あはは、ほんのちょっとじゃネェや)「どんな集団に所属するか、どんな共同体から、受け入れられるか」ということが幸福の基準だったように思います。
 東大を頂点とする大学ヒエラルキーや国家公務員職、あるいは伊藤忠、丸紅など超優良企業を頂点とする職能共同体の上位グループを住み処とすることができたら、まずは人生の成功者。関西なら京大、阪大、神戸大、いわゆる関関同立(おおこの文字まだATOKは一発変換)、仕事先はやっぱり国家公務員、地方公務員、株式の一部上場企業。
 今から思えば冗談みたいだけど、実際にそれが成功者の条件だった時代があった。
 「お子様はどちらに?」「トヨタ自動車に受かりました」
 それで、同志社女子大を出て帯源(おびげん。京都の優良企業だ。まだあるのかなぁ)に勤めお茶とお華をたしなむ美人と結婚したら人生、あがり。
 今、「トヨタ自動車で働いています」などというと、「大変ですねぇ、何とか60才までリストラに遭わなければいいですねぇ」というような返事が返ってきたりして。もちろん公務員だって同じ。共同体はもう個人の幸福を保証しない。
 人生の幸福はどのような共同体に受け入れられるかで決まる、と信じる人は、今も70才以上のお年寄りの中に時折、います。
 それが「古い幸福感」だというのは論を待たないとして、それならそれにとってかわった新しい日本人の、幸福の概念とは、何?
 少なくとも親や学校の先生は、示せていないのではないか(別に示さなくていいけど)。だから再現もなく多様化する。ブランド品を欲しがる女子高校生がいる。人と人との繋がりじゃん、と思いこむ人もいる。SNSは首を深く突っ込むほど寂しくなるようにプログラムされているがそれにとらわれる人がいる。「表現活動だぜ!」と正しいことを発見する人がいる。ラップを歌いダンスを踊って通行人に見せる。(あんたたちは正しい)でも間違う人もいる。表現するに足る情報に不足する人は、遊園地へ行って命に関わる不法行為をしてそれを映像化し注目されようとする。
 価値観は大きく移行していて、そこに「個人」の発見が最低限必要だというアナウンスもないので、混乱はしようがない。
 でも、「結局は個人に回帰」という文脈ができると……。
 案外、明日は明るいかもしれない、と私は思う。
 生活の安定ではない、永続するなにかを手に入れることではない、残念ながら親孝行でもないようだ、個的に息づくワタシの中に、果たすべき目的はあった、ということを発見した人から、日本を新しい局面に導き出すような気がする。

 「個人」って言葉、解釈が人によって違うんですよね。当たり前だけど。

« 教育を「評論」する人間のうさん臭さ、その存在の意味の欠如 | トップページ | 玉音放送の日に考えること……映画のこと »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

It is a valuable phrase
octobermi bb4arg48

NON non può credere voi:)
brianmi bb4arg48

Ancora, come opzioni?
jeromymi bb4arg48

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/589238/57986062

この記事へのトラックバック一覧です: 「社長の金言2」を読みながら考えること:

« 教育を「評論」する人間のうさん臭さ、その存在の意味の欠如 | トップページ | 玉音放送の日に考えること……映画のこと »