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2013年8月24日 (土)

私語の止まない高校の教室とネット社会との共通点について考えること

 私が言いたかったのは、最近の私たちが、小さくまとまろう、小さい箱の中で結束しよう、としていないか、ということです。

 私はももいろ……なんとかとAKB(何種類もある。HKB……)の区別の付かない人間なのですけど、若い女の子がほんの少し政治色のあることを言う、するとネット上にわーっと集まって、口々に言うわけですよね、でもそれは「口々に色んなこと」ではなくて、実は同じカラーのことを言っていませんか? つづめて言えば反韓、(この字、「はんかん」で一発変換されなかった。よかった)反中、ということですけど、書いている人の意識の中に、「オレと同じことを考えている人間はここに書かなくてもいっぱいいる。オレは同じ意見を持つ多数の中の1人だ」という安心ってないですか?

 それって大変に危険なことだと思うのですけど。

 でも現在のネット上の論調ってそうなんでしょ、2つのものに護られていると思うわけですよ、まず1つは匿名性です、そしてもう1つは、「群衆の中の1人だ」という安心感です。

 それって意見じゃないです、表現でもないです。要するにシュプレヒコールじゃないですか。シュプレヒコールが悪いとは言いません、強い力を持つものに対して多数の一致した意志を表示することは時に有効かも知れない、現に私もやった記憶、あります。でも、個人の意見だと自分で思いこんでシュプレヒコールをやるのはみっともないし、だいいち相手が……なんといいいましたっけ? いたいけな十代の女の子だとしたら、それってどうなんでしょうねぇ。

 小さい箱の中での結束です。中国にも、五毛党という組織、あります(あるらしいです)。要するに反日感情をあらわした短文をネット上に書き込むと、1件に付き五毛(ウーマオ。8円)もらえるわけです。でもそれは結束というか、お金儲けですからね。それがいい、とはいいませんけど、現在の日本のネット事情とは微妙に(あるいは、かなり)ちがう。

 それで、時に「炎上」ですか。

 集団ヒステリーと言うのは簡単だし、それがそこで終わっているぶんにはいいのかもしれないけど(ブログを1つ閉鎖するぐらい屁でもないから)、ある種の少なくないネットユーザーが同じ言葉で同じ場所に固まる、小さな箱の中で同じ論調で結束する、というのは、私には怖い。

 昨日の生存報告ブログにも書いたことですけど、小さな箱の中に入って安定しようとしている人はたとえそこがネット世界でも、内部の圧力が高まっていることに気づきません。その圧力を保ち、爆発を防ぐためには外部の圧力も等価的に高いものであるという前提がないといけません。それは今のところとりあえず韓国です、中国です、しかしそれは「敵だ」という大前提的な認識が大事なのであって、政治的な問題を解明しようとして、あるいは解明して、出てきた結論じゃない。その「敵」はあっというまに何か他のものにかわります。例えばアメリカと日本の蜜月はそろそろ終わりますけど、実は日本を護ろうとして存在している海兵隊じゃなかった、米軍じゃなかった、という認識が広く行き渡ると、あっというまに論調は反米に振れます。同じように理性を亡くし、「シュプレヒコール」が始まります。

 昨日ここに書いた、私語をやめない高校生ですけど、敵がいないと結束できないんですよ、敵は実際の敵じゃなくてもいいです、敵がいないと、あるいは自分たちの能力で発見できないと、目の前の生身のアナタが敵になります。でも攻撃するには「される」というリスクも想定しないといけないから、仕方なく仲良くする、ふりをする。こうやって高校の教室に私語が止まない。

 私は今、言葉の行き交うネット社会と高校のうるさい教室を混同してしゃべっている。どこかは同じだけどどこかが違う、そんなことはわかっている。でも一番の共通点は、敵がいないと結束はできない、結束して高まった圧力を爆発させないようには維持できない、そしてその「敵」は、正しい学習の中で解明された上での「敵」ではない、早く言えば、すでに誰かが「与えた」敵だ、そういうことだ。それを私は、危険だ、と言っている。

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