« 麻生発言のことで | トップページ | いつか一緒に「柳河」を歌う日 »

2013年8月 3日 (土)

危険なほど興味深い、危険だからこそ興味深い、情報に接した夜

 砂川市内で書店を営まれる、その社長さんを囲んでの学習会。
 私がその場にお集まりになられた方から一番いただきたかったコメント(個人のお考え)というのが、「今、仮に海の向こうに、ものすごい人口と地下資源を有する一党独裁の国家があるとして、そしてその国がアメリカをのぞいて世界第1位の外貨準備高を誇るまでに経済的繁栄を遂げたとして、当然次に国家として模索するべき支配の正当性の、発想の転換というか、普通国政選挙の実施というか、そうした近代化、最低でも一党支配体制からの脱却を図るとしたらその時期はいつか、具体的にはどういう手順で行われるか」というものでありました。
 当然ながらこの夜の答えは「その予測は極めて難しい」でありました。でも、興味深いいくつものご意見をいただくことができました。
 穏やかなご意見、口にするのに緊張を要する、少し心臓がどきどきするご意見、たくさんお聞きしました。
 興味深いお考え、観測ほど気易く書けない。
 当たり前であろうと思われます。
 でも私にとっては直接の、8月18日以降の毎日の暮らしに関することだ。
 さすが砂川。賢人の集まり。
 仮に。仮にですよ。
 仮にその国が現在地球上のどこかに存在するとします。
 人口はまぁ、仮に13億いるとします。
 そんなにあっちこっちにあるような国じゃない。とんでもない存在感を誇っている。
 経済成長率は昭和30年代の日本みたく9%とか、悪くても7%とかだったとします。
 売る物が石油しかないとか、軍事的脅威は流出するかもしれない「難民」であるとか、あるいは「あるかないか誰も知らない核兵器をあるように見せかける政治的演技力」しかないとかそういう破裂寸前の風船みたいなあやうい国じゃなく、たとえば……人口2億6千万の遠い異国のその民の着る服の8割を自国で生産、輸出することが可能なほど、驚異的な工業力、安価な労働資源を潤沢に抱えていたりする。
 と、仮定する。
 とっくの昔に市場経済への移行を果たし、色々な問題はあるのだろうけどなお発展の途上にあって物価と給与所得は上がり続けているとしたら、そんな国の一党独裁、その党の主席への忠誠と個人崇拝で国家が維持できるはずがないと、普通の人なら考えるだろう。
 この国が、仮に、本当に仮に、その建国の正当性として近くにある適当な国と戦って勝ったんだよということを主眼に置いていたとする。
 そんな「正当性」が60年以上も続くわけがないと考えるのが普通だろう。しかもその「かつての敵国家」は今や人口減少と動態のアンバランスにあえぎ、株価を維持する、ないし維持されているように見せかけるために世界の機関投資家の通貨のパワーに頼っててそれもいつまで続くかわからんという状況だったとする。
 つまり「敵」は斜陽のさなかにある。そんな国を「俺たちの始祖はあの国に勝ったんだぞ、だからすべての通貨紙幣に今なお肖像として残ってるんだぞ、わかるだろう、支配は正当だから選挙なんかやらないんだ」という。
 繰り返すが、弱り切って青息吐息の国家を『仮想敵』として国民に周知させ自らの支配力を正当化する、そんなことができるわけがないだろう。
 じじつ、その国の若者はもうそんな一党の独裁を皮膚感覚で支持していない。入党を模索する若者すら、
 「イデオロギーの問題じゃないです、心の底から信頼している人間なんかいるわけないじゃないですか、ただただ就職をはじめとする将来設計に有利だから入党したいだけです」
 なんて、こともあろうに、「外国人に」言い放ったりする。なお信じがたいことに、その「外国人」というのが、上に書いたかつての敵、現在の仮想敵の国の民だったりする。
 明らかに支配は終焉の時を迎えている。それを示す証拠には、その国の老齢化した教育者は「若い作家の小説は読むな」と生徒に言う、そのことがあげられる。言うまでもなく体制批判が根底にあるからだが、芸術活動を制限・禁止した国家に未来なんかない。そのことは繰り返し、歴史が証明している。
 一党独裁はいつ終わるのか、国政選挙はいつ行われるのか。
 砂川の賢人の集まりでは、「わからない」が結論。
 しかし最初に書いたように、「わからない」という結論が出るまでの議論はとてつもなくエキサイティングだった。
 この話題以外にも、癌をはじめとする病気の「早期発見」の持つ意味、甲状腺の癌とは? チェルノブイリからあと数年で30年が経過するがそのフォローの意味は?
 エジプトの思い出、パレスチナ訪問記、話は戻るが13億の巨国はインターネットというある意味でとても民主的な情報収集装置と国民の接触を、どうコントロールできるのか、あるいはできないのか。
 うう~ん、危険なほど面白い、危険だから面白い、夜だった。
 外で聞こえる花火も、この面白く危険な情報交換の場の、絶妙のBGMであったのでした。
 ぜったい絶対、次も出席します。

« 麻生発言のことで | トップページ | いつか一緒に「柳河」を歌う日 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/589238/57919261

この記事へのトラックバック一覧です: 危険なほど興味深い、危険だからこそ興味深い、情報に接した夜:

« 麻生発言のことで | トップページ | いつか一緒に「柳河」を歌う日 »