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2013年8月15日 (木)

玉音放送の日に考えること……映画のこと

 現在上映されている、なんとかいう映画。終戦当時の天皇とマッカーサー、それにもちろん国民との関係を描く……。
 タイトルが出てこないや。私の大好きなトミー・リー・ジョーンズがダグラス・マッカーサーを演じ、若い米国軍人と日本女性との恋、という純粋なフィクションを絡め……。
 残念ながらそれを観ることができないで、18日には中国に戻ります。来年7月、レンタルビデオで観ることになりそうです。それはそれで楽しみであります。
 その映画の中に、マッカーサーのセリフかな?「戦争を始めたのは誰かわからないが、終わらせたのは天皇だ」という決めフレーズがあるらしいですね。
 それ、間違いではないか、戦争開始について天皇にははるかにシリアスな責任があるのではないか、という論もある、そのことを私は新聞で知りました。
 いろいろな言い方があると思います。誰が戦争を始めたのか。私にはもちろん、わかりません。論証は不可能だしそもそも主張そのものに意味がないと思います。退屈を紛らわす「文学的行為」として「天皇がはじめた」「いや世論だ」「財閥だ」「東條だ」という議論はあるのだろうと思います。
 はっきりとした間違いを、学校の先生が教えたという、そんな時代もあります。昔々、私が小学生の頃、教えられ信じていたことがありました。今となってはなんでそんな嘘を、と思うのでありますが、私の頭も悪かったのでありましょう。「戦争の動機は憎悪だ。戦争は人々の心の中から始まる」というものであります。
 今、そんなことを教師が言ったら大変なことになります。
 戦争は、誰が始めたか後になってどんなに議論してもわからないということがあるにせよ、明白に「経済行為」であります。石油をはじめとする資源の確保と権益の拡大を画策することは必ず他国との干渉を生み出します。経済行為として日中戦争も太平洋戦争も始まりました。そういう論の中から、「アメリカが日本の武力行使を『誘導した』、そして壊滅させた」という主張も誕生します。視点を変えればその言い方も成り立つ、と私は思っております。大戦後の世界秩序を自国に有利に導く、という目的のもと、ふたつの原子爆弾を落としたのだとしたらそれも広い意味での「経済行為」であります。私は「核兵器を使わないと日本の降伏はあり得ず、8月6日9日の悲劇はより多くの人間の命を救うためには仕方がなかったのだ」という言い方は絶対に許せないと思うが、それは「日本人であるから」許せないのであります。天皇の命は保証する、と確約すれば6月、あるいは5月にでも降伏させられたはず、ということをいうアメリカの学者もおります。
 いずれにしても玉音放送は8月15日になされた。御前会議はその数日前だし近衛の戦争終結に関する上奏はもっとはるかに前です。8月15日であるという「意味」……そして、降伏文書調印が9月2日であったという「意味」……について、映画を観ながら考えたいのであります。でも私の頭はとても悪くてとても堅いので(だからよくてっぺんから血を流す)それを考えれば考えるほど、海の向こうのある国が、嫌いになるのであります。
 あれ?
 小学校時代の先生の言ったことは、100%が間違いではなかったのかも……。

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