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2013年7月19日 (金)

日本と中国…「ごはんを食べる」ということの、これだけの違い

 日本に帰って参りました。13日にはインコウという遼寧省の小都市に泊まり、日本人が100年も前に作ったという古い古い町並みを見学し、14日早朝にはそのインコウの町のちょっとした公園に集いダンスをする、ものすごく幸福そうなお年寄りたちを眺め、その日は大連に移動、15日には我が配偶者様が日本で日本語を教えていた張さんの案内で海辺のテーマパークを観光し、16日は今度はプロの観光ガイドさんの先導で旧満州鉄道の庁舎のあとやそこに勤務していた人の住んでいたごくごく古い日本人街(もちろん現在は中国人が居住)を見学、203高地で有名な旅順を訪ね、ガイドさんのごく詳細な説明に耳を傾け、厳粛な気持ちで砲台をあとにし、大連国際空港そばのホテルに投宿、そしてそして、17日にはついに日本の成田まで、中国南方航空で移動しました。

 日本!

 その夜は成田空港から40分のところにある新松戸に泊まり娘夫婦の(だんなはものすごく料理がうまい、センスがいい)手料理を食べ、更に翌18日にはちょっと緊張を要するミーティング、というか夕食会に出席。こちらは、千葉県柏市というところの、ごくごく趣味のよい純和風の料亭。

 2日続いて日本の人が日本の食材で作った料理を日本のやり方でサービスするという考えてみれば半年ほど経験しなかった食事を、とることができたわけでした。

 もちろん、会食の席で話されたことは興味深い、あるいは刺激的な、あるいは将来の生活にとても重要な、もちろん疑いもなく重要なことであった訳なのですが、これは私の「生存報告」のブログなので、シリアスなことは別な場所に。今回報告したいのは、『日本と中国の食事のしかたについて感じたこと』。

 はじめに申し上げますが、日本のスタイルと中国のスタイルと、どっちが良いという問題では、もちろんないのであります。中国のお店の、(あるいは「食事を振る舞おう」というお家の)、おかずの盛り方は壮大であります。絶対にどんなことがあっても食べきれるわけがない量を、巨大な皿に「がばっ」と盛ります。おいしい、とか、彩りが、という以前に、まず感じるのは「もったいない」。13億の中国の民がこれを毎日やっているとするならどれほどの損失になるのだと考える。でもそれは日本人の勝手で、中国で料理をなさる、食事をサービスされる方の常識の中に「食べきれないほどの量をサービスする好意」があるわけなのであります。

 その「好意」が、子どもの頃から「ごはんは残すな」と親からいわれてきた日本人にとっては「拷問」になるのだとしても、中国人は好意だと信じて疑わないのだ。それでよいのだ。

 17日夜、18日夜、2回の夕食会ではあらためて、「日本と中国はここまで違う」と、感じたのでありました。

 必ず、食べられるだけの量が、小さな小鉢(本当に小さい)にちょこっと盛られて出てくる。サービスする側はそれをじっと見ていて、小鉢が空になったなと思う頃にさっと、次の料理が出る。日本中のあちこちから集めた多様な食材をその季節なりの味付けでサービスする。……この日のお料理はどれも本当においしかったけど、丁寧に骨切りしたハモの天ぷらが絶品。それがまぁ小さい小さい。1口大のが2切れ。それをあっというまに食べ終わりもう少し食べたかったなと思う瞬間に次のお料理、沖縄の冬瓜の含め煮が出てくる。これも1口大。というか炊き合わせひと椀の中に、いったいいくつの違う食材が入っていることか。京都では八寸というのだけど西洋料理だとアントレとなるその文字通り八寸幅の皿に盛られた料理の多様なこと。

 繰り返すが、どちらが良いという問題ではないのだ。それに私は半年中国におり、日本風に味付けされた食材を日本のやり方でサービスするというお店からそれだけの期間遠ざかっていた、懐かしさもひとしお、だから単純に比較なんかできない。

 しかし日本の調理人の、「この客は私の作った料理を余さず食べてくれるに違いない」という信頼が、微妙というか繊細というか技巧というか手間というか、その仕事に対する情熱と関係がないわけがない。

 「残すのが常識」というか「残すのが礼儀=全部食べるのは『足りませんでしたよ』というメッセージとなる不作法」という文化の元で、中国の調理人は仕事をしている。

 それが味に、食べ終わっての満足に、影響しないわけがないだろう。

 我が配偶者様、なが旅でややお疲れ。しかもハルピンと比べ気温が高い。会食はしょうしょう緊張を要するものだった。

 でも、私と同様、先付からごはんまでを文字通り「完食」。当たり前だ。

 「この店に来るお客は私の作る料理は全部食べてくれるに違いない」というのは、何度も言うけど大事な「信頼」。

 

 

 やっと、日本に帰って参りました。

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