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2013年7月 2日 (火)

いままた「送別」について考える

 630に引き続き、今日も日本人外教のお一人が旅立たれる日。

 中国国内の別な大学からの招聘を受けて異動された一昨日のお二人とちがい、本日お別れのかたはやむを得ない事情で帰国を選ばれたのでした。

 午前8時発の直行便ですから、お昼前にはもう関西国際空港です。

 前回のお見送りは早くアパート前に行きすぎたので今回はまぁ10分前で良いかと思ったらマイクロバスが異様に早く来たらしく、もうお発ちになったあとでした。

 え?

 雨が激しく降る72日午前515分、大阪出身のH先生はやっぱり号泣する生徒達に送られ、空港へ向かうマイクロに乗り込まれたのですが、私は最後のご挨拶ができなかった。

 私はとっても情けない人間。起床は415分だったのに……。10ヶ月お世話になった方に、最後のご挨拶が申し上げられない。

 こうやっていくつの失敗を61年の人生で重ねてきたことか。「人間は歳を取るにつれて賢くなったりしない。ただバカの質が変わっていくだけだ」と言ったのは北杜夫だけど、私の場合はバカの質まで変わんねぇじゃん。

 さて、それにしても。

 私自身が、中国を一時的に去る日が近づきました。713日にハルピンを離れインコウ(遼寧省)へ、そこで1泊の後大連へ、大連では3泊して717日に成田へ。

 中国へ戻ってくるのが819日です。

 

 さて、転出される方があれば当然新しく来られる方も。8月には私たちは2名の先生方をお迎えします。授業や学校事情、ハルピン暮らしのことですでに何通もメールのやりとりを行いました。お会いできるのは本当に楽しみですけど、でも日本でこのお二人を送り出される方々には当然、胸なかばをすぎる寂寥がおありのことでしょう。それもまたお察し申し上げます。

 私の場合は……。

 20128月某日、滝川のスナック『サクセス』。

 北海道砂川高等学校のT先生、Y先生、それからたくさんの生徒達が送別のために集まってくれました。「中国なんてすぐそこです」と私は言ったのだけど実感としてわかってくれる生徒はだれもいなくて……。でも私は別な意味でも「すぐそこ」だと思っていました。

 手で触ろうと思えば触れるほど近くにいても宇宙の果てにいるほど「遠い」人だっています。

 たとえカナダの東のはずれの町にいる人でも、「よっしゃ会いに行こう」と思ってABCトラベルに電話をかけた瞬間、「すぐそこ」の人になります。

 

 ……と、最後のご挨拶をしないで別れるという失敗をした日の朝に、臆面もなく書いてる私。

 海より深く反省。

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