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2013年6月 9日 (日)

黒河報告、変わり続ける中国

 列車の中で知り合った20代前半の女性は私のために駅から出るまでを誘導してくれ、タクシーの運転手さんに、「客車乗り場へ連れて行ってハルピンまでの1130の切符を買ってあげて。それから黒竜江のほとりへ連れて行って。水に直接触れて何かをしたいらしいから。あとはこの老人と直接打ち合わせして」みたいなことを逐一告げてくれたのですが、別れ際に「せめてお礼の手紙を書きたいから」といくらいっても、決して名前を名乗りませんでした。「メイシー(なんでもないことです)」を、彼女は10回ぐらい繰り返しました。

 そんなわけでこの女性にお礼をするいかなる方法もありません。

 タクシーの運転手さんには電話番号付きの名刺をもらったから再会するのは簡単ですが、彼は見ず知らずの私のために、わざわざ車を降りて切符売り場まで行き、目指すバスの切符を注文してくれ、川の畔に案内してくれ、公安が巡回していて河のほとりで特異な行動をしていけないのはどこで、そういう巡回からはずれた場所がどこか、教えてくれました(私がやったことは別に危険なことではなかったのですが)。かんたんな市内施設の説明をしてくれました。まあ2時間に満たないと思いますが、メーターを倒さないで走ったのでしょうしょう心配になり「いくら?」と聞くとうーんと考え、「50元で良いか?」と言いました。私は100元を渡してお釣りを断り、固い握手をして別れました。

 バス乗り場の中にある超市(コンビニ)で手に入れた6元の地図を見ると、川辺まではもちろん歩ける距離だし(だいたい30)そもそも黒河市街地そのものが相当に狭いのでしたが、上記2名の黒河在住者との出会いと別れは私にとって忘れがたいものになりました。

 もちろんその源に、鉄道の切符の購入から乗車までをしっかりエスコートしてくれた1年生の配慮があるのですが。

 次は本当の一人旅が、できたらいいと思います。列車はしっかり2040分、バスも1130分、1分の遅れもなく発車しました。ただし到着は両方とも30分ほど遅れました。列車の、10時間の寝台の旅はそれほど過酷ではないのですが(切符のチェックを受けてから発車まで56分しかないので私たちみたいなホームの遠いところに目指す車両のある客はまぁ走る、走る……)、バスは相当に過酷。姿勢を変えることもできないし1人でも『禁煙』を守らない客がいると(実際にいた)車内の空気は一気に悪くなるし、バスにはトイレが付いていないので23時間おきにトイレ休憩を取るが、そのトイレは場所によってはコンクリートの床に四角い穴をあけただけ、隣の客から「そんなもんしか持ってネェのかよ」と言われそうな状況で用を足さないといけない(幸い言われなかった)、足元に当然のように隣の客の放出したナニは流れてくるし、で、「私はいつも帰省は列車です、バスは考えたこともありません」という生徒の気持ちもやっとわかるのでした。

 しかし確信するのですが中国の変化のスピードはものすごく、次回ここを旅するときにトイレが同じ状況とは思えません。黒河のバスターミナルのトイレは日本のトイレと変わらない清潔さでした。いずれはそれが中国の『標準』となるでしょう。

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