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2013年6月 8日 (土)

黒河からもちろん生きて帰ってきました

 黒河から、生きて帰って参りました。当たり前です、生きて帰って来れないわけがありません。

 ただ、午前一時に五大蓮池でエスコート役の1年生が下車してから一人旅だったかというとそれはかなり微妙で、彼女は下車する際、同じ寝台ボックスの向かいの女性に、「この日本人のことをくれぐれもよろしく頼む」と、依頼して行ったのでした。

 その女性は、私とくだんの1年生が乗車したときからすでにそこにいて、絶え間なく誰か(たぶん彼氏)に電話で連絡を取っていました。服装と化粧が少し派手目で、新しい中国人なんだなぁと思っていましたが、彼女 はすごく親切な人でした。途中下車する1年生の(もちろんお互いに見ず知らず)要望を100%聞き入れ、黒河に到着すると本当に私の手を引いて車両から出て誰に何を(パスポートと寝台券)見せないといけないか、事細かに指示してくれました。黒河駅で親切そうなタクシー運転手を見つけ、この中国語のわからない日本人のために何をしなければいけないか、告げてくれました。

 またそのタクシーの運転手さんが、いい人でした。

 実は私は、大正12年に生まれ平成9年に死んだ母親と、それから私自身の2人の姉と、ある「約束」をしていたのでした。黒河へ行って、その河を見る、あることをする、そのセレモニーは、「約束」だったのであります。黒河、中国名黒竜江、ロシア名、アムール川。

 特別な意味を持つ河だったのです。ささやかですけどそれなりに特別な意味を持つ、旅行だったのでした。一切を、はじめて会う運転手さんが世話し、そのセレモニーを目撃してくれました。

 全く、全部、です。

 そして。

 私は運転手さんの名前を知りません、途中下車した1年生に変わってエスコート役を務めてくれた若い女性の名前も知りません。

 ……なんなんだろうこの世界は、と思いました。

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