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2013年6月22日 (土)

6月21日すべての授業は終了、テストの採点だけ

 1年生の最後の授業が、621日金曜日、ありました。

 「日本語を話すときあなたの脳みその一部は日本人になる」という文を私が書き、それを22名で数行ずつ、交代で読んでもらったのですが、さすが9ヶ月、真面目に勉強してきた集団、初めてであった文章でもルビさえついていれば、相当に正しいアクセントで、きちんと読めるのでありました。

 文章そのものは、A4用紙に2枚、10ポの明朝体でびっしり書かれ、内容もずいぶんむつかしいものだったと思います。主語の次に述語が来るか目的語が来るか、そして日本文の、「文末決定性」。日本語というのは、意志やワタシという存在をどう消すか、どう「語らない」かに腐心した言語だったのだ、ということであります。

 読み終わって、テストではずっと90点以上をとってきた班長の洪くんが、「先生まったくわかりません」。

 わからなくて良いのです、すぐにはわからなくて、卒業間際になってわかるということがあるかもしれません。あるいは、ついにわからないかもしれません。それでもかまいません。

 日本語を勉強する前の、「私が授業担当者だ」という自己紹介の時、私は次のような演説(笑)をしています。

 「第3教学楼の最上階から南を見る、玉蜀黍畑が見える、そしてその向こうは地平線だ。見事に何もない、しかし、何もない、ということは全てがあるということだ。」

 なんとそれを、ずっと記憶してくれていた人がいます。わからないはずの日本語であります。

 「先生、何もない、ということは、すべてがある、ということですよね。」

 彼女からそれをとつぜん言われたとき、私は虚をつかれ、その意味について考え、理解し、不覚にも胸がつまりました。

 羅さん、62歳のオジンを泣かせちゃいかんよ。

 彼女は15階建てアパートの14階に住んでいます。そして毎日、地平線を見て暮らしています。

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