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2013年5月27日 (月)

いざ、黒河へ(2)

 郷に入っては郷に従え、と、「日本人が知らない日本語」というすばらしいドラマの中で、仲里依紗さんが(字、あってるかな)教えています。関係ないけど彼女はとても才能の豊かな、全身これ華、という女優さんであります。

 郷に入っては郷に従え。

 先日の黒河問題については、私が「郷に従」うことを躊躇した、あるいは抵抗したために、混乱を生み出してしまったのでありました。

 自分たちの予定をこじあけて、黒竜江(アムール川)を見たい私のために3人もの学生が(のち1人増えた)エスコート役として名乗りを上げてくれた。それに対して、「それは申し訳ないことだ」と、いくら辞退したって聞いてくれないのであります。だって、迷惑じゃないのだから。

 相当に長い時間をかけて、やりとりを重ねましたが、最終的に私は1人での旅行をすることになりました。ただし、ハルピンから黒河までの中間地点、五大蓮池のあたりまではそこへ帰省する1年生が同行します。彼女が列車から降りたら、私は1人になります。1人で黒河へ到着し、ホテルの交渉をし(中国では外国人の宿泊できる宿は決まっている。1150元の宿が見つかったと言って喜んではいけない、それは中国人しか泊まれない。)川を見学して、土産物屋さんをうろついて、写真を撮って、そしてバスのチケットを確保してそれに乗車する、あ、忘れていた、何かを食う。

 1人であります。生徒はみんな「危険だ」と言いますが、中国人はだいたい自国の治安に対する評価が低い。私はもちろん調子に乗らないようにしますが、言葉の通じない場所への移動が危険だからといって3人(あるいは4人)もボディーガードをつれていくと……それは、本当に旅行、なのか?

 中国の一部がいまなお危ない、それはわかります。つい先日も1年生女子が夜店での買い物に夢中になっている間に、ジーパンのお尻のポケットから身分証明と100元札3枚入りの財布を抜かれました。別な1年生は、ある店で品物を物色し欲しい物が見つからないので出ようとしたら、「何も買わないなら100元おいてけ」と2mあるような男性店員にすごまれ、怖いので言うとおりにした、と言いました。

 そういう状況は、たしかにあるのだと思います。

 でも、いっぽうの体験で言うと、私がコピーやさんに何時間も置き去りにした新品の電子辞書はちゃんと店員さんにより大事に確保されていたし、我が配偶者様が焼き餃子やさん(中国ではけっこう珍しい)に忘れた帽子は何事もなく、当たり前のように翌日彼女の手元に帰りました。逆に私は、早稲田という東京の町にこの3月から住んでいる留学生のことが心配であります。「行きたいとこは?」という質問に、「アキハバラ、カブキチョー」と彼女は返答したのだから。

 あ、そんなこと言うと東京の人が(東京を愛する人が)怒る。

 それはそれとして、私は黒河の町は1人で歩きたかった、だからそういうべきだった、それだけのことであります。「ついてきてもらうのは申し訳ない」と言い続けて、いつかは相手が「そうかこの人は単独行動したいのか」と「気づく」それに期待するのは日本人特有の迂遠なコミュニケーションというべきだ。

 「僕は単独行動を愛している人間です」と、はっきり言わないといけない。あなたがたの好意は嬉しいですが、とか好意はありがたくお受けしますが、とかややこしいことを言うとどんどんと会話は袋小路にはまる。「じゃぁ、一緒に行って欲しいってことじゃないですか」と、普通の中国人なら解釈する。

 「いや、あなたがたのエスコートは不要です」と言うのは心苦しいし、言ってしまってから、これで人間関係を損なうのでは、と気弱くなる。それが日本人としての普通の感情だ。

 人間関係は、損なわれないのであります。

 「不要率導、我一個人散心。」そこで言い終わる。

 私もだんだん中国に、足を踏み入れるのであります。

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