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2013年5月12日 (日)

東京から箱根へ、四川省へ、カナダへ……Y山青年のこと

 コミュニケーションをするには自分の側に何らかの情報が必要であります。

 私が現在も親しくしている北海道滝川西高等学校の卒業生にY山君というのがいますが、料理の専門学校を卒業後東京の「果林(だったかな?)」という中華料理やさんで働き、中国の南のどっかの省で1年間中華料理の修業をし、箱根の、14万円くらい取るような旅館で働いた後現在はカナダの東の方の都市で仕事をしています。

 彼が言ったことで、非常に興味深いセリフがあります。

 「何かで困ったとき、それが言葉を覚えるチャンスだと思っていました。」

 彼の中国暮らしは1年を超えましたが、私のように身の回りの世話を焼いてくれる学生や中国人の先生はいなかったので、全く中国語がわからない状態で一人暮らしをしないといけなかったわけです。タクシーに乗って目的地まで行ってくれたのはいいが「停めてくれ」が言えなくてどんどん先まで行ってしまったとか、そういう「笑い話」の11つが非常に面白いのです。中国の田舎で何かを尋ねたら「それについては教えてやるがまぁ上がって茶を飲め」と言われ、不安もあったがとりあえず上がって茶を飲んでいるといつしか食事会となり酒宴となり、別れるときには「一緒に飯を食った、もううちの息子だということだ、これからはいつでも尋ねてこい」と言われて泣きそうになった、とか、いろいろなエピソードがあります。

 彼は今カナダの東の州にいるわけで、英語はともかくフランス語はひと言もわからないはずだしどうしているのだろう、と考えるわけですが、ともかく彼の、

 「何かで困ったとき、それが言葉を覚えるチャンスだと思っていました。」

 なる信条をもってするなら、中国四川省の田舎の暮らしもカナダ東端の町での暮らしも、「チャンス」であった、そして現在も「チャンスである」ことでしょう。

 彼が日本へ戻ってきてしかるべきところで仕事をするようになるまで、生きていないといけないと思うのであります。

 それにしても。

 何かで困ったとき……。

 困らなくていいように、どこへ行くときも何をするときも中国人の学生がついてきてくれる。61歳の脳味噌すかすか人間にはありがたいのでありますが、「今、このことがわからないで困っている」という『情報』は自分の側から発生しようがないのだと思いました。例えば昨日阿城で起こった事というのは、バスの乗客が運賃を支払い後、そろってバスから降ろされた、別のバスへの乗り換えを指示された、ということでした。正確に降りただけの人間が乗ったというのではないらしく「あたしの席がない」と言いだした女性がいました。つまり、移動の歳に料金を払っていない人が紛れ込んだわけです。

 自分だったらどうするのか。

 運転手は当然、「次のバスにしろ」というだろう。次のバスに乗る。当然新しく7元を払えと言われる。「いや、自分はさっきのバスですでに7元を払ったのだ。強制的に下ろされたんだよ」という語学力は、ない。

 7元を無駄にするか?

 必死でそれを主張し続けるか?

 黒竜江省の人間は英語なんかいっさい解しない。中国語も、ペキンや上海と違い、正確なイントネーションでないと絶対に意味を取ってくれない。

 でもそれを横山青年は、「やってきた」のだと思いました。そしてフランス語もわからないのにカナダ東端へ行ってしまった。なんて立派なんだろう、と思います。私も6月(3連休がある)には……えと……ささやかに、ソイホワ(ハルピンから北へ30キロ)とか? チチハル(もう少し北)とか?

 弱い~。

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