« いざ、黒河へ(2) | トップページ | 運動会、外教は入場行進の練習 »

2013年5月28日 (火)

友達がいないから孤独なのじゃない、友達がいるから孤独なのだ

 私達、日中技能者交流協会派遣の日本語教師は、全員、4月か5月に2週間の講習を受けます。これは、日本語教授法ももちろん重要ですけど、すでに日本国内の別の機関の派遣で中国で仕事をした経験を持つ人の体験談を取り込むという意味でも重要です。私が研修を受けたときも、だいたい3分の1はすでに日本語教師という人たちでした。その方々の体験談はとてもとても参考になりました。

 中に1人、「日本語教師がかかえる一つの問題は、『寂しさ』ということです」と発言された方がいて、私の胸にしみました。そっか、その大学にいる日本人教師が1人しかいないとなったら、そりゃ、寂しいかもしれないですね。……そう思いました。

 しかし着任してみて、考えはかわりました。3ヶ月の間、ただの1秒も寂しさを感じることがありません。もちろん、この大学は特殊で日本人外教が私を入れて6人もいるということが大きいです。しかし同じくらい安心したのは、生徒が、「老師、老師」と絶え間なく世話を焼いてくれるからでした。9月の反日デモの時期には日本人外教を励ます会を1年生がクラス全員で開いてくれました。何気なく道を歩いていますと、どこへ? と声をかけ、「コメ買いに行く」というと、「いけませんよ1人で行っちゃ。僕がついてゆきます」と、自分の予定を変更して付き添ってくれるからでした。

 しかし、生徒達には悪いけどドライに言ってしまえば、どんなストレンジャーも、いつかその鮮度は落ちます。物珍しい他人は、いつしかそこにいるのが当たり前の「常識」になります。そしてこちらも、まさか書店へ参考書仕入れに行くのに、来たばっかしの頃のように3年生に「ついてきて」とは言えません。コメ買いにしても、生徒は「どこへ? 1人で? 大丈夫ですか? それじゃ」というだけになります。当たり前です。

 そうなって……。

 実は、しばしば「寂しい」です。

 そして、寂しさというのは、友達がいないから感じるのじゃない、そこにいても自分とはさしあたって接していない、だから感じるのだと気づきます。いみじくも滝川西高校時代、ある女子生徒から言われました。「先生、携帯電話って、持つととたんに寂しくなるものですね。寂しくなってアドレス帳を300件くらいの友人名で埋めると、ますます寂しくなりますね」。

 その通りだと思います。「広場の孤独」って小説を書いたのは、だれでしたっけ? サハラ砂漠の真ん中で1人でいるとき、人は寂しさなんか感じないのだ、そう言ったのは? あ、これは村上龍さんだ。

 今日は学内の人影が本当に少ない。授業が臨時にとりやめ。早朝5時から夕方5時まで、断水と停電が一緒に来る日なのです。工事の関係で。それで、生徒は市内のあちこちに散らばってある人はお勉強、ある人はお買い物。なにしろ学内の食堂もストップ、6カ所ほどある超市(スーパー)も営業が不自由。

 しーん。

 広場の……。

 こういう時に仲良くしている生徒にメールしたりすると、もっと寂しくなります。

 で、お仕事、お仕事。試験問題の作成。なるべく難しいのを……。

 うひひひひ。

« いざ、黒河へ(2) | トップページ | 運動会、外教は入場行進の練習 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/589238/57478647

この記事へのトラックバック一覧です: 友達がいないから孤独なのじゃない、友達がいるから孤独なのだ:

« いざ、黒河へ(2) | トップページ | 運動会、外教は入場行進の練習 »