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2013年5月14日 (火)

現実にはいないから小説の世界にいるのだ、と気づいた時から……

 当たり前ですけど作家の想像力には時に現実離れした超個性があります。その想像力は、場合によっては現実離れした人間像、ありえない人間の行動を描き出すことがあります。それに違和をとなえる人がいるかもしれない、ということをあえて「想像しないで」小説を書きます。

 宮沢賢治ほどの偉人だってそうです。「注文の多い料理店」に出てくる都会の紳士は、銃を担いで山に入りますが、「鹿の黄色な横っぱらなんかにタンタァーンと(銃弾を)撃ち込んだらさぞ痛快だろうねぇ」などと言っています。世界中に何人の猟師がいるのか知りませんが、結果的に横っぱらに銃弾が当たってしまうことはあるかもしれませんが、「狙う」人は1人もいません。横っぱらに弾なんかくらったら、苦しみながらどこまでもどこまでも逃げます。猟師も、雪の中をどこまでもどこまでも追跡しないといけません。猟師は鹿を見つけると風上にまわり、喉元に照準し、彼女がふと顔を挙げた瞬間を見逃さないで、上に伸びた首に発砲するのです。一瞬で頸椎を切断してあげないと苦痛を長引かせることになります。

 同じ小説(童話)で都会の紳士が、犬が死んでいくらいくらの損害だ、とお金の問題にしてしまう箇所があります。猟をする人間にとって犬というのは単なるペットではありません。ポインターという種があるように、それは猟師に何かを「教える」大切な大切な……時として猟銃よりも大切な……同士であります。久保俊治さんの「羆撃ち」を読むと、猟犬フチは幾度となく荒々しいクマの存在を久保さんに教えて命を救った、恩人であることがわかります。

 まぁ、そういうことを「想像」したら小説なんか書けないのでしょう。だから「注文の多い料理店」の都会の紳士は、貧弱な知識で自らを窮地に陥れる無能力者なのです。現実にはいないから小説の世界にいるのです。そして私に何かを教えてくれるのです。

 村上春樹さんの小説には、ナイーブでその実年齢にかかわらずモラトリアムしている実社会不適応者なのにたいへんに女性にもてる男、というのが登場します。ノルウェイの森のワタナベ君、永沢さん、そしてもちろん、「目が覚めたら隣に双子の女の子が寝ていた」という……えと、何という小説でしたっけ?

 過去の何かに屈託し、本ばかり無闇にたくん読んで、話をするときには長く意味深な比喩を多用し、カシオの辞書みたいにいっぱいの言葉を知り、そして異様に女性にもてる、あるいはセックスしてくれる人がごく簡単にあらわれる……。現実にはいません。現実にいないから小説の世界にいるのです。

 「こんな奴いねーよ」と言ってしまう自分の想像力の貧困を自覚してから、私は読書が楽しくなりました。

 逆に、太宰治が読めなくなりました。太宰の小説は、「うん、いるいる、こういう人、いる。何しろオレがそうだもん」と思わせてなんぼ、なのです。

 色彩を持たない多崎つくると……。

 7月まで読めない私のために、数名の知り合いの方がメール、くださいました。ネタバレにならないように注意しながら。基本的に好意的な書評のメールでした。

 不特定多数の人に発信するのも面白そうですけど、少数の人に対面しながら意見を拝聴するのもおもしろそうですね。

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