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2013年4月21日 (日)

ある、聞くに堪えない演奏

 ある、むざんな、破滅的な演奏に接した記憶が、なかなか私の中から消え去りません。

 プロの演奏家というのではなく、市内のアマチュアが集まってお金を出し合ってホールを借り、開いている演奏会だったのですから下手な人がいて当たり前です。でもある1人の演奏は、単なる下手の範疇を超えていました。

 「夜の小曲」を演奏されたのですが、今いったいなんの音が鳴っているのだろうと思わせる、音楽になっていない発表だったのです。お聞きなっていなくても想像すればおわかりと思いますが、下手なバイオリンというのはそれはすごいです。常人には耐えられない金属的な摩擦音は錆びた鉄片を耳の横で無理矢理こすり合わせるのに似て、拷問のようにそこにいる人を苦しめます。いや、比喩じゃなくて実際に拷問かもしれない。そのコンサートの場にいたみんなは私を含め脂汗を流し寿命の短縮を心密かに諦めつつも悲しみ、4分が早く過ぎ去ることを願ったのでした。当たり前ですが苦痛の連続する4分というのはそれはそれは長いです。

 漸くそれが済み、私を含めみんな、いつになくしんけんに拍手しました。演奏者は得意満面の笑顔で観衆の拍手に応えました。司会者は立派なピアノ教室の先生で地元ではある程度有名な方だったのですが、さすがに演奏の論評はできず、バイオリンを始められて何年ですか? とか、普段は何のお仕事ですか? などという当たり障りのないことをお聞きになるのが精一杯であるようでした。演奏者の奥様にも質問がされましたが、彼女は小さな声で「まだまだだと思います」とだけおっしゃり、苦しそうに下を向かれました。

 この方の演奏は何かを象徴していた、そのことに私は、何年も経ってから気がつきました。

 自分の『音』自分の『声』が聞こえないと誰だってこういう演奏をしてしまいます。

 バイオリンには限らないと思いますがバイオリンにたとえて言うと、弓に張ってある馬の尻尾はとても柔らかですから(強く張ると簡単に切れたりバインド部分から1本ずつ離脱したりしますから)隣の弦にたやすく触れてしまいます。バイオリン教室の先生は、ですからD線を弾くときはD線の音を出すよりG線やA線に触れないように、千回も二千回も言います。つまりバイオリンは『弾く』ことより『弾かない』ことの方が難しいのです。ユーチューブでバイオリンの演奏を聴くと全く余計な音が出ていませんが、それは楽譜にない隣の弦の音は出さないように集中的にトレーニングをされた結果なのです。弓だけが犯人ではなく、ギターでも同じですがある弦の音を出し終わってそこから指が離れる際にも、余計な音が出ます。それらは全部雑音です。

 バイオリンは自己流で身に付くと思うな、というのはこの点で正当な主張だと思います。

 ちゃんと専門家のトレーニングを受けなかった演奏者は、たとえば『G線上のアリア』を弾くとき、自分はF#の音を出していると思います。実際に出ています。しかし実はかすかに弓はとなりのG線かA線に触れています。その余分な音が聴衆を苦しめています。しかし演奏者に聞こえているのは、自分が出していると思っている、F#だけです。本当です。『G線上のアリア』全曲を通じ、自分が出したい、出している、出していると思っているその音しかついに演奏者は聞きません。しかし聴衆は余分な音をしっかりと聞きます。それは音楽ではありません。しかし演奏者の耳には自分の演奏が音楽として聞こえています。

 実のところ、もう遙かに昔のことなのにその方の『音』は私の耳について離れないのであります。それはつまり、自分の発している何かを客観的に把握できない者の対人関係は無惨に破壊される、破滅する、という単純なことなのだろうと思います。単純だけど恐ろしいことなのだろうと思います。

 私もきっと破滅した対人関係を切り結んできた、あるいは知らないうちにこの私自身という巨大な雑音発生装置を、他人に押しつけてきたのでありましょう。自分はこういうことを言おうとしている、と確信している私はその『意味』しかその耳で聞こうとしない。それはD線上から発せられているが実はG線からもA線からも聞くに堪えない雑音が鳴っている。それは錆びた鉄片をこすり合わせるあの音となって生徒を、私より若い教員の皆さんを苦しめている。

 誰にもできないことだけど自分の声を聞き、書いたものを読み、音を聞くことに客観的になることができるなら、その対人関係は少しはましなものになるのでありましょう。

 そして、そして。

 誠に恐ろしいことに、自らの発する何かに客観的になる能力は、オジンより若者において、高い。

 ということであります。

 ……これだけ書いたんだから、もう本日で私はこのブログを、閉鎖する?

 あらゆるSNSから、撤退する?

 ええ~と……。

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コメント

自分の演奏を思い出して赤面してしまいました。日本社会では客観的でありたいと思うあまりに自分を抑えてしまうということもありますね。KYになりたくないと。中国人はそんなこと考えていないようなので付き合うのに気が楽ではありますけど。どちらがいいのかよく分からないでいます。

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