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2013年4月25日 (木)

レモン哀歌再考

 神は細部に宿る、といったのは誰ですか?

 けっこうな名言と思うのですけど。

 細部、と言っていいかどうかわかりませんが、芭蕉の「静けさや岩に染み入る蝉の声」について、研究した人がいます。この「蝉」はさて、アブラゼミなのかニイニイゼミなのか、という問題です。研究者は、芭蕉が立石寺に至ったのは何月か、その時期に岩手ではどの蝉が鳴くのか、「染み入る」のはどっちの声がふさわしいのか、と「研究」するわけです。

 「暇なことだ、大体どっちの蝉でも詩的感動に違いがあるわけはない」と言いそうになるのですけど、その研究者が斎藤茂吉ですよと言われると、「暇」呼ばわりもためらわれるのであります。

 私は無駄と思いません。りっぱな「研究」であろうと思います。

 さて。もう一度高村光太郎。

 レモン哀歌は、謎の多い詩です。

 高村智恵子が死んだのは1938105日、レモンは、この時の流通事情を持ってしても、立派に「あります」。そもそも梶井基次郎が名作「檸檬」を書いたのはそれよりはるか前、1924年の秋であります。同人誌発表が翌19251月ね。

 国産のメロンは立派に流通していたのです。ただ高村の場合日中戦争のさなかでありますから、かなり微妙であります。国産でありましょう。とすると収穫期は秋、となります。

 「写真の前に挿した」のが「桜」だったとすると、秋に収穫されるこの果物と打ち合いません。

 同時に、「なんで高村はこの詩を、妻の死後半年も経過してから書いたのか」という疑問がわきます。おおくの高校教師が、高村は春にこれを書いた、と思っています。おかしい。「そんなにもあなたはレモンを待ってゐた」はまぁわかるとして、「トパアズ色の香気が立つ」「山巓でしたやうな呼吸を一つして、あなたの機関はそれなり止まった」という臨場感は半年経過後のものと思われない。「今日も置かう」の「今日も」が半年続いた「今日も」なのだとしたら愛情の持続というより間が抜けていて、この詩の感興を阻害する。

 やっぱり少数の研究者のように、この「桜」は実は「秋桜子」であろうと、私なんぞは思うのであります。私が妻をなくした男なら、あの美しいが派手で騒々しい桜を供えようと思わない。わが配偶者様の墓前には(まだ元気に生きていますが)私だってコスモスがふさわしいと思う

 ご飯を食べながらその説明を聞いてくれた3年生は、まさにそこの授業中に、質問したのだそうです。

 教授の、その答え。

 「あなたのように細かい問題を気にしていたら詩の鑑賞なんかできないでしょう」

 半泣きになる彼女に、私は「それが研究なんだけどね」と、声をかけました。まぁ、私は彼女を泣かせた張本人なのですけど。

 正解は……。

 わかりません。でも春の桜であり輸入レモンであり妻の死後半年後であったとしたら、この詩の構成要素はバラバラだと思います。「桜」「山巓」「トパアズ色の香気」……やっぱり、秋でないといけないと思います。

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