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2013年4月29日 (月)

3年生と「伊豆の踊子」を授業

 3年生との授業「日本文学選読」は、夏目漱石、芥川龍之介、宮沢賢治、と私にしては珍しく配当予定時間通りに順調にやってきて、現在川端康成にさしかかっています。テキストは「伊豆の踊子」で、もちろん中文訳がついております。3年生ともなると本読みが本当に上手で、初めて接する小説である、という人が過半数であるはずなのに、ごくすらすらと、朗読ができます。もちろん「雨足」や「印半纏」なんてルビがないと読めませんけれど。

 川端は1968年にノーベル文学賞を受賞する、それは日本の風物の静謐な美しさをこの人にしか書けない、絶対に書けない名文で紹介し続けたことに対する正当な「価値の計量」の結果だったと思っています。踊り子は、ヘミングウェイの「老人と海」の20フィートのカジキマグロが、美しいが時に荒々しい海、という別世界、清浄な異世界の物である、それが故に決して港へ持ち帰れないように、語り手「私」の住む東京へは連れ帰れません。それは身分の違いということもありましょうけれど、天城峠、十国峠、箱根峠という険しい難所を複数超えたかなたにある別世界にあるから(いるから)、価値があるのでございます。そのことは、国境(くにざかい)の長いトンネルの向こうにいる限り清浄な輝きを放つ魅力的な芸者駒子にして、同じであります。

 そして、作品そのものが「異世界」であります。この美しさは、どうだ。

 ……冒頭部分で、踊り子と知り合って間もない語り手が心ならずも踊り子とは別の宿に宿泊、雨を突いて聞こえてきた踊り子の打つ太鼓の微かな音を聞いて「かき破るように」雨戸を開ける、そういうシーンがあります。

 踊り子を含む女達と客らしい男達の馬鹿騒ぎを目を光らせて闇の中に「見据えよう」とする語り手。

 そして、結局どうにもできない語り手の、いらだちまぎれの行為。「何度も湯に入り、荒々しく掻き回した」。

 まぁ、どんなアマチュアだって「私の中に踊り子への恋心が芽生えた」なんて書いたりはしないのですけど、川端の描写はつのってゆく思いを具体的な事物で表して一種、凄みさえあります。

 同じシーンで、「太鼓の音が聞こえるとほうと胸が明るんだ。太鼓の音がやむとたまらなかった。」という描写があります。(少し言葉は違う)

 どういうこと? と問いかけ。

 さっと1本の手が挙がりました。「先生、私が答えたいです。」

 どうぞ。

 「踊り子が太鼓をたたいているということは大丈夫です、体は自由です、でも、音がやむということはお客と、その……」

 顔が赤くなりました。そこまでの言葉は用意していなかったのでしょう。

 中国の大学3年生。はたち。伊豆へと一人旅を敢行した川端と、同じ年齢。

 なんて、健全なんだ、と考えました。

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