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2013年4月30日 (火)

1964年の「わくわく」を思い出しながら

 東京都知事の発言が、IOCに快く思われていない?

 ネット上には、「東京開催決定に不利に働くかも」のような意見もあります。

 でも……たまにしか東京にいかないワタシですけど、世界中に、これほど安心して外国人が歩けるキャピタルって存在するのだろうか、と思います。あのジム・ロジャーズも、「東京というのは特別な都市だ」と書いています。知事の発言はそれほど現実と乖離しているとは思えないのです。

 現実を語っているかどうかじゃなくて、トルコの悪口だと受け止められたということでしょうか。もし知事の発言が「イスラム教徒の多い国家」「治安面での不安」ということであるなら、この2つの間には凋落する某国の覇権喪失を何とか先送りしたいというわがままで凶暴な思惑にもとづく仕組まれた混乱があるような気も、します。それを「ないこと」にしてしゃべったとするなら、IOCが「不快」を示すのもわからないじゃない。でも、しょせんは「翻訳された発言」をめぐっての話でしょう。ニュアンスって大事なのであります。

 それはそれとして。(脇へおいやれるような問題ではそもそもないのですが)

 1964年の東京オリンピックのことを、やっぱり思い出すのであります。

 1958年の東京タワーにもわくわくしたし、あの新幹線の初走行の時なんか、信じられないことに学校の先生が授業をやめて生徒を引率し、わざわざ子どもに見せたってぐらいのものなんですから、オリンピックにはそりゃぁもうわくわくしました。わくわくなんてものじゃない。1010日が開会式の日だったんだけど、「オリンピックの顔と顔」の歌を、朝から晩まで月初めから月終わりまで翌年の春から夏まで、いったいどれほどの回数どれほどの期間、歌ったことなのでありましょう。もちろん円谷選手の走行もテレビでしっかり見たし、河西さんたちのバレーもしっかり見ました。閉会式の時間帯、町からすっかり人影が消えました。みんな自宅に帰ってテレビにかじりついたのであります。

 当時、ワタシは中学1年生。

 東京の子どもが、あるいは当時のワタシみたいな地方都市の子どもが、どの程度、わくわくしているだろうか。

 50年間の間に起こったことは、不幸もいくつかはありましたけれど基本的には圧倒的に「良いこと」だったと思うのであります。ワタシは「昔は良かった」というオジンが大嫌いであります。それじゃあんたはなんのために努力したんだ、といつも思っていました。今の日本が、一番良いに決まっています。

 この50年の「わくわく」の変化について、ワタシは知りたい。

 個人的には、ワタシは今も、「わくわく」しております。7月の帰国に「わくわく」、帰ったら会おうね、色んなお話をしようねと言ってくれる友人との再会に「わくわく」であります。いわた書店さんのところにストックされているはずの読むべき書籍に「わくわく」であります。

 でも、そのワタシの子どもや孫(まだいないけど)が、わくわくしていないとするなら……。

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