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2013年3月28日 (木)

国を愛するということ……藤原新也の言葉を今頃思い出す

 高校の教員だった頃、毎年のように「我がふるさとを語る」という題名で、作文を書いてもらいました。

 わが町滝川を語る、わが町砂川を語る、歌志内を語る、浦臼を語る、美唄を語る、赤平を語る……。

 年度によって違いはありますが、自分が生まれ育った町を、うまく賞賛することが難しい、その材料を発見できないという高校生が、多いようでした。

 そもそも、何かを評論するとき、ほめるより、けなすほうがずっと簡単です。文芸評論家と言われる人も、映画評論家と呼ばれる人も、自分に知識がなく文章も上手じゃないという場合は、まず問題点を指摘します。あそこが書けてない、ここの描写が古い、そうたたみかけていると、まずは評論のように見えます。ある時期、毎日新聞の文化欄、邦画の評論を担当している人がそうでした。心の狭い私は、それが原因で毎日新聞をとるのをやめました。(今はどんな人が担当しているか知りません)

 あるときから私は、「できるだけ自分の故郷を、よく評価しよう、よい点を見つけよう」と、呼びかけました。すると、「先生、☆☆の、どこをいったいほめるんですか」という答えが帰ってきます。若い人が働く場所がない、駅前はどんどんシャッター通りとなる、残るのは説教臭い年長者ばかり、コスモスや菜の花がきれいだって言ったってそんなの15分も眺めれば飽きる、市の財政は大赤字だから冬になったら除雪排雪がダメで危険なほど道が狭い、映画館はない本屋はない遊ぶといったらカラオケしかない。どこをほめるんですか、という。

 それでもほめなきゃいけないんだ、と言うと、「じゃぁ先生は住んでいる赤平をほめることが出来ますか」。

 私はぐっと考えました。時間が止まったような優しさがある、歩いている人の表情がみんな柔和でこせこせしていない、商店の人がみんな親切、晴れた日の山のたたずまいが美しい、花火大会だって3年に一度はあるし温泉は快適、キャンプ場だってある。

 すると生徒は、「でも先生は、800字は書けって言いました。先生それで800字書けるんですか。」

 私は、もちろん書ける、と言いました。

 生徒は、それでもどうしても、「ほめて書く」のは難しいようでした。私は、自分自身の子どもに、故郷をほめて語るどんな言葉を与えただろうと、思いました。反省したのであります。

 写真家で小説家の藤原新也は、「最小の関係性への信頼や賞賛を積み重ねて、愛国心にいたる。いきなり国を愛せといわれても愛せるものではない」という意味のことを、言っています。

 家族を愛す、地域を愛す、学校を愛す、会社を愛す、地域共同体を愛す、市を、県を、北海道という「地方」を、愛す。そうして、国家を愛す。

 そうすると、「御先祖様を敬え」と教えた土地の年寄りの遺訓には偉大な意味があったことになります。その先には、母国への敬愛がある。

 ええと……。ちょっと、子どもにメール書いておこう。

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コメント

なんだなんだ 母国では身分給で教師やらせていただいていたのをタナにあげて、日本の納税者にご奉仕もせずに国外で冒険ダン吉やらかして何をエツにいってんだよw どうせズルコネで教職についたんだろうに。どこの国の納税者のおかげで生活していたのか考えてみなよ。それでまだ自惚れて人前で演説大好きオジサンやりたくて血が騒ぐわけ,,,死んでもそのクセやまらんわなぁ

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