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2012年12月14日 (金)

日本は直接民主主義の国ではなかったのか、それなら有権者の「投票責任」は

 国政選挙の投票日を明後日に控えて、……でも衛星放送以外になんの情報も持たない私。

 日本の新聞社のサイトにアクセスしようと思えばもちろんできるけど、記事が展開するまでのあまりの長い時間を思うと、結局はなにもできない。たぶん私はそれなりの病院へ行けばちゃんと診断名のつく、精神病の保持者なのだろう。「待つ」ということができない。クリックから30秒で画面が展開しないと、配偶者様に、「おおい薬、薬、血圧の薬」と叫んでしまう。

 待つことが出来ないばかりではない、手順がわからない、ものごとには順番があるということがわからない。結構な年になっても、ことを終える、紙を使う、水を流す、立ち上がる、ズボンを上げてチャックを閉じるという単純きわまりない手順を間違える。で、来客が不思議そうな顔をしてくんくん匂いをかぎ、早々に帰って行ったりする。

 ヤフーやmsnのポータルサイトなら早いだろうと言われるかもしれないが、絶対にそんな記事を信用する気になれない。そもそも、国政選挙の動向について語る同じ画面で名も知らない芸人の夫婦関係が書いてあると、いっぺんに信用する気をなくす。

 それでも、自民党が単独で300議席か、とかいう記事を読むと、絶対に何かが間違っているということぐらい、わかる。

 あるいは、「本当にこの国は直接民主制を採用している、成熟した国家なのか」と思う。

 まず私がもし民主党に投票した人間なら、深く深く内省する。

 『自分の』選択が、どこかまちがってはいなかったか。

 揮発油税、高速道路料金、高校の授業料、原発、東北の復興、最低でもその5つについては考え、自分の願いを託した投票の瞬間において、どのような間違いがあったのか(あるいはなかったのか)考える。民主党の政治がひどかったというなら、(まぁたしかに「ひどい」側面はあるかもしれない)自分の「願い」の付託先が間違っていたということで、罵倒する前に自分が、まず反省する。その反省なしに次の投票行動は起こせないはずだ。だからわたしにはわからない。紙に「みんしゅとう」と書く。次には「じみんとう」と書く。その行為が1つの人生の中で連続しているなら、たぶん死ぬような葛藤が、苦しみが、後悔が、懺悔が、自分の判断への絶望が、あったことだろう。そうして投票するはずだ。だってそれが、えらぶ責任というものだろう。

 そういう葛藤があって、いったん見捨てられた自民党が300議席というなら想像を絶する懺悔と後悔のウェーブがいま、日本を満たしているはずだ。でもそんなものどこからも伝わってこない。私がハルピンにいるからわからないのか? 違うだろう。

 結局は日本の民主主義が未成熟だった、それだけのことだろう。

 当たり前だが有権者が未成熟だということだ。日本の歴史を考えるなら一瞬と言ってよいほど短時間のなかで80議席と300議席がマンガのように振れる。その権力のオルタネートを有権者が反省しないでなにが民主主義だ。いったい誰に、民主党を自分から切り離して批判できるのか。

 で、あのう……

 マチコさん、薬、薬。血圧の薬。

 え? 1週間前から切れてます? ?

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