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2012年12月18日 (火)

「君が好きだ」にまつわる『研究』

 モントリオール大学でカナダの学生に日本語を教えておられた金谷先生からありがたいメールをいただくようになって、しばらくがたちました。

 語順と主語の省略についてのご高説は、どの段落のどこを切り取ってもすべてが興味深いです。

 英語の「 I love you. 」はたしかにそのまま訳すと「私はあなたを愛する」だが、日本人でこういう表現をとる人は、決していない。

 「君が好きだ」という。

 誰が、あなたを愛しているのか? 言うまでもなくこの私だ、しかし語頭に『私』が出てくることはない。それは責任の主体となることを回避しているのか? それも少しはあるだろう。しかし私の耳には、『私』があなたを愛するこの同じ時、全世界のあらゆる意志は私同様、あなたを愛している、とも聞こえる。『私』は全世界に寄り添い、その意思に同化しながらあなたを愛している。

 そしてその語順と主体の省略は、日本人の国民性と無関係ではないと思う。

 このような会話があったのを思い出します。私は日本で33年間教員をやりました。同じような問いかけを生徒から受け、どう答えるかに悩まれた方は少なくないだろうと思います。

 生徒「誰が俺の退学処分を決めたんだよ」

 担任「職員会議だよ、みんなで決めたんだよ」

 生徒「みんなって、誰と誰だよ」

 担任「だから職員会議なんだよ、決定したのはみんななんだよ」

 生徒「あんたはどっちの意見を言ったんだよ」

 担任「それは言えないね。会議全体の意思だよ」

 ……生徒は絶対に納得しません。制度、組織というものが個人の責任を回避するための装置であることを、高校生はまだ学んでおりません。それを学ぶと「彼も大人になったね」ということになるのですけど、それはつまり、日本語話者としてその呼吸をつかんだね、ということであります。

 おお、まるで日本語の悪口ではないか。でも、そうではないのであります。

 語順について。

 (私は)①君が、②好きだ。

 異性が、まずいたのであります。かぐわしい髪の匂いを持つ異性がそこにいて、そして恋に落ちた。誰かを好きになりたい、誰かを好きになりたい、と考えていたわけではない。異性がそこにいた。恋する私が意思体として出現するのはそのあとのことであります。なんて奥ゆかしいことだろう。

 英語は?

 I love you.

 私は、まずは、愛する。愛する主体がここにいる。愛される客体はどこにいるのか、どこかにはいるのかどうかまだわからないが、ともかく私はまず、愛する主体としてここにいる。恋愛は、『you』が出現する前から、すでに始まっている。たまたま私の前をあなたが通りかかった、そこから通常の意味での恋愛は、はじまる。あるいは、セカンド・ギアに入る。

 中国語の語順は、英語と同じであります。

 我・愛・汝。

 たしかに、特に女性の、男を捕まえる際の迫力と集中は、並々ならぬものであります。恋愛中は人目を気にせず、朝から晩まで、腰をぶっつけあうようにして歩いております。そして、存外長持ちしません。集中的に恋愛に力を注ぐ、それはつまり『消費』のエネルギーが強いということでありますから、短命なのは当たり前です。

 日本人の若者は?

 いつ始まっていつ終わったのか、そもそもそれって恋愛だったのか、わからないのもあります。

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