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2012年12月 9日 (日)

731部隊旧跡へ行ってきました

 共産党の機関紙「赤旗」に連載され、多くの人が初めてその存在を知ることになった旧日本軍のいわゆる「731部隊」。

 多数の中国人(一部ロシア人)捕虜や民間人を使っておびただしい人体実験を行った731部隊は、私が現在いるハルピンに駐屯したのでした。

 着任した大学がその駐屯地からバスでたったの20分しか離れていないことを知ったときから、旧跡にはぜひ行ってみないといけないと、思っていたのでした。

 日本人だけで行くか、やっぱり現地に詳しい学生に案内してもらうかと考えたのですが、結局2年生の李くんという歴史にめっぽうくわしい人に先導してもらうことにしました。結局、それは正解でした。零下20度を越える寒さに凍てついたハルピンの街のどのバス停で下りるか、下りてからどっちの方角へなんメートル歩くか、ちゃんと知っている人に先導してもらう必要が、ありました。夏の間ならいざ知らず、骨まで凍る寒さの中で史跡を探しながら尋ねながらでは、もしかしたら凍死していたかもしれない。それに、受付でパスポートを見せるとか、ワイヤレスの音声案内装置を15元で借りるか借りないかとか、通訳さんはやっぱり必要なのでした。

 で、1時間半の見学を終えて。

 やっぱり、受けた衝撃は大きかったです。森村誠一さんの「悪魔の飽食」は一応読み、関連するいくつかの文書にも目を通したつもりでいたのですが、現実に部隊があった場所に立ち、捕虜を実験まで閉じ込めておいた監獄を見、形がゆがみさび付いていても充分に往時の迫力を伝える解剖メスや死体をぶら下げる装置や骨きり鋸やガスマスクを見ると、月並みな言葉ではありますが慄然とした思いに時として動けなくなるのでありました。「お、日本人が来てるぞ」というらしい会話も見学者から聞こえましたし、その方々の刺すような視線も感じました。こちらがそう思うだけかもわかりません。

 こんどは中国人学生の助けなしにもう一度行こうと思います。

 2年生の女子と食事をしました。

 「李くんから聞いたんですけど、731部隊旧跡へ行ったんですって?」

 「はい、行きました。来年、また行くことになると思います」

 「私は一度でたくさんです。二度と行こうと思いません。」

 その言葉には色々な意味があるんだろうと思いました。

 冷静に考えていくつもの疑問、違和感があります。

 石井四郎軍医少佐は731部隊長としてついに日本では多くを語らなかった。多くの供述、資料をアメリカに残した。それはどうしてか。アメリカはそれらの資料(731部隊の研究内容)を、どう『利用』したのか。

 末端の兵卒の中には60歳~80歳という高齢になってから現地を再訪し中国メディアの取材に応じ、謝罪と後悔の言葉を述べた人もいた。(写真の述懐が残されていました)しかし上・中級士官の中には敗戦後企業を起こしたり(その企業が後年薬害エイズ問題を起こすことになる)北海道の副知事におさまったりした者もいた。

 国家と個人の責任、ということについてどうしても考えてしまうのでありました。納得できない。納得できないのは私の頭が悪くバランス感覚がないせいだろうけど、納得できる自分になったら終わりだ、という思いも、あります。

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