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2012年12月17日 (月)

コミュニケーションというのは……12月16日のお茶会

 4人の女子生徒さんが、アパートの部屋を訪ねてこられました。

 私の配偶者様はまもなくこのアパートからいなくなるので、日本のお抹茶を飲みに来られたのです。

 4人のうち2人は、日本に短期滞在の経験があります。ハルピン市は新潟、旭川両市と姉妹都市提携を結んでおり、その交流事業で1ヶ月、旭川市に滞在されたのでした。

 北海道のラベンダーはきれいでした、私も写真の撮影が好きなので東川町の写真展示が興味深かったです、それから日本のたべもの屋さんは何度も行って仲良くなると食事代を安くしてくれるので驚きました、小樽や札幌にも行きましたが日本のまちはどこも綺麗でした、またぜひ日本に行きたいです、そのような話に花が咲きました。

 「ワンタン」をどう発音するか、で大笑いしました。

 中国語では「フンドゥン」ですが(つまり『うどん』のこと)、日本語で中国人に向かい「ワンタン」というと、最悪、終わったね、終了、破壊、消滅、というきわめてよくない言葉なのです。字は「完蛋」で、「先生、よくよく知っている人に冗談で言う場合を除き、それは使わないほうがいい言葉です」というわけなのでした。配偶者様はフンドゥンが好きで、学校の正門そばにあるその専門店に何度か行きましたが、もちろん注文の際は日本流の発音です。さぞ店の人はとまどったことだろうと、冷や汗を流しました。

 2時間半のお茶会は終わり、彼女達は「明日は英語のテストなので」と言って帰っていきました。正直、ものすごく疲れました。でもそれは非常に心地よい、疲れでした。

 4人と2人、言葉も生活習慣も何もかも違う2国の人が会い、このひと時を楽しいものにしよう、互いによい印象を抱いて別れるようにしようと思うと、それは疲れるはずなのでした。

 本当は日本人同士でも、友達でも恋人でも夫婦でも同じはずだ、と思いました。この人とは仲好しだからある程度気を抜いても大丈夫だろうと思うのは当然のことですけど、それは関係性への『依存』だし『甘え』だ。その『甘え』を最小限のものにしようとする夫婦が、友達が、恋人が、互いのための良い時間を長続きさせるのだろう。

 たしか村上龍が何かの小説の一説に使っていたと思うのですが、「コミュニケーションというのは何かをただ伝えて安心することではない」という言葉、あらためてかみ締めます。「コミュニケーションというのは、自分の言ったことが伝わったのかどうなのか、自分は今日、相手が言おうとしたことをどのくらい理解したのか、理解できなかったことは何なのか、死ぬまで悩みぬくことだ」。

 たぶん中国人学生たちも、疲れたはずだ、と思いました。

 話をするためには当然、話題が必要です。情報が必要です。今回だと真っ先に「故郷はどこ? どんな街ですか? ご家族は? 冬休みはどこかに旅行しますか?」というようなことになります。知らず知らず、その回答の中身を『願望』している自分に気づきました。それが健全なことなのか不健全なことなのかすぐには判断、できません。もちろん日本語を習い始めてまだ2年数ヶ月ですからまれには質問と回答はずれます。「故郷まで鉄道で何時間?」とこっちが聞いてるのに、回答が「そうですね、石炭がよくとれます」だったりします。もちろん発問を修正し正しい答えを引き出すのですが、理解のためは『願望』(予測、というのと、限りなく近いかもしれない)しているワタクシがいて、何とか相手の回答をその願望に近づけようとしている。そしてコミュニケーション能力を私が伸長させようとするなら、その『願望』の許容範囲を広げる必要が、あった。

 甘えず、伝わらなかったことに注意を払うこと。考えてみれば日本人同士でも同じ苦労が必要だった。

 いろいろなことを考えたお茶会でした。

 彼女達はあくまで誠実でした。何かが伝わると、そして相手の言おうとしたことが理解できると、本当に嬉しそうなのです。私も、彼女達の言葉が理解できた瞬間は、とても嬉しかったです。

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