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2012年11月20日 (火)

今夜は「ふるさと」を合唱

 今夜は、夜自習の教室で「ふるさと」を歌いました。1年生、19名です。(1人が部活動で不在、2名が風疹で欠席)簡単に中文訳をつけ、説明してから歌うのですが、例によって耳のいい中国人大学生ですから、一発で歌詞もメロディーも覚えてしまいます。1番を小返し練習しただけであっというまに3番までを通して歌うことができます。

 それにしてもこの曲、名曲中の名曲と思います。私は、「君が代」を国歌から外し、代わりにこの歌を国歌としてよかろうと考えております。私は皇室にたいしては、控えめな敬愛の念を抱いております。大震災のときの今上天皇のお言葉にも、感動しました。だからこそ、この皇室を讃える歌を、法律で強制することには、嫌悪というか恐怖を感じます。中学校の式典会場に録音機を持ち込んで生徒の声量をチェックする、教員の口の動きを教育委員会が監視する、そんなのを、○○○○ざた(放送禁止用語)というのであります。何が何でもこの歌を歌わせようとする、それを権力をもって、処分をちらつかせて強制する、それが皇室に対して失礼な行為であることに、文部省は気づいていないのだろうか。たぶん、皇室に敬愛の思いを持っていないのは文部省のほうなのでありましょう。

 以前から、「ふるさと」を国歌に、という議論はあるのですが、「私は生まれも育ちも東京だ、兎を追いかける山も小鮒を釣る川もあるもんか」とおっしゃる方があるようです。こういう想像力の欠如した方は、というか想像するのが人間だということをわかっていらっしゃらない方は、君が代を歌おうが何を歌おうが同じでありましょう。

 まぁ、でも無理であります。「君が代」は雅楽のリズムとメロディーによっておりますが、「ふるさと」の原曲はクラシック、バロック(たぶん)時代の「主は我を呼びたもう」でありますから。

 それにしてもブロードサイドフォーの「若者たち」長淵剛の「乾杯」ときて、こんどは「ふるさと」。

 次は……。

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