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2012年11月17日 (土)

DEVILさんは政治のど素人というが、じゃぁプロは

 村上龍が原作を書き、篠原哲雄が監督した映画『昭和歌謡大全集』に、とても印象的な台詞があります。

 深夜、浜辺でカラオケを歌う若者たちに激しい敵意と殺意を抱くおばさんグループ、その中の1人が、このようにつぶやきます。

 「あぁいう若者を存在させるために、この国の戦後はあったのかしら。」

 私はこの映画を20回以上は確実に観ましたが、私はそのシーンに来るたび、若者たちの言葉を代弁することにしています。

 「そりゃこっちのセリフだよ、おばさん」

 作中、若者たちは戦後の繁栄の中で人生の目的と生きる緊張をスポイルされた日本人の象徴として描かれます。そして、それはそっくりそのまま、おばさんグループの抱える問題点でもあります。全員が離婚を経験し、1人を除いて子どもはおらず、定期的に集まってカラオケを歌う、名前が全員、ミドリという以外に集う合理性と明確な共通点を持たない、哀れなパーティーです。

 つまり殺しあうおばさんと若者たちは、同じ戦後の問題を抱えています。起きたら目の前にごはんがあり、大して苦労、勉強なんかしなくてもそれなりに将来は安定しており、さしあたって搾取するものがいたとしても直接目には見えない、そんな状況で、誰がいったい危機感を持って勉強に励むものか。

 今、この瞬間が楽しいなら、どうしてエコーの効いたカラオケマイクを手放すものか。

 しかし今、なんとなくその時代は終わりそうだ、ないし終わった、と感じる若者(それにしても61歳の私が使うとどうもひどい言葉だね、この『若者』っての)が層を成して日本に存在します。危機感を持ったものから順番に、勉強や資格取得(簿記2級なんて誰にでも取れるもんじゃなくてたとえば公認会計士とか英検準1級とか薬剤師とかいった、将来戦略のための実効性のある資格)に励んだりします。ひそかに今、留学と海外での仕事探しを模索する人が増えています。そして私は、美しくスタイルがいいことで安心してしまっている本当の美人よりもしかしたらスカウトから声をかけられるかもしれないと思って土曜日の朝から表参道を歩いてみる不美人のほうが好きです。「勘違い」というのは簡単だ、でもトライしないとそもそも何も始まりはしない。

 危機感と好奇心と、この2つを持っている人でないと、とりあえずサバイバルの最低条件は満たせない、と私は思っています。私がDEVILさんを好きなのは時々コメントをくれるからだけではなく、言葉の端々に何かが変った、終わったということの理解と固有の危機意識を感じるからです。DEVILさんは政治のど素人だというけれど、プロである政党パーティーの長老達は、ある時代が終わってそれがもう絶対に戻ってこないことをついに死ぬまで理解しないではないか。なおコンクリートをこねて日本のあちこちに意味なく置きたがり、それが将来の『日本人』の生活を死ぬほど苦しめることを知りながら30年も前に終わらなければいけなかったはずの政治手法(もし、そういうものがあったとするなら)を手放さないではないか。

 自民党と民主党がダメになったのは(名前を言うと口が腐るようなほかの政党のことはとりあえず省略するとして)2世だから、楽をしたから、ただ票田を受け継いでトレーニングを受けなかったから、とかそんな理由ではありません。税収入が何もしなくても増えた時代の楽ちんな手法から次の時代の手法へ向けての模索を、決してしなかったからです。つまり『変らなかった』からです。『変れなかった』のではなく。

 結局、ミドリグループのおばさん達がロケットランチャーで撃たないといけなかったのは……。

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