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2012年10月24日 (水)

助教さんのいない授業……映画「バベル」再考

 820日に2年生の授業が、9月の10日に1年生の授業が始まりました。それ以来、1年生と授業をする際にはずっと助教の4年生、Lさんが入ってくれたんですけど、彼女にだって自分の授業があります。ふだんはその授業を抜けて1年生の教室を優先させてくれるんですけど、さすがに考査となると(こっちではカオスー、考試という)そういうわけにいきません。

 本日は、助教さんのいない最初の授業となりました。

 教室に入ると、代表の生徒、湖北省の目の大きなSさんがその日のぶんの教材を板書しています。生徒一同、さぁ通訳さんなしで中先生どうするだろう、とニコニコ笑って見ています。

 70%日本語、10%中国語、20%英語という授業が、始まりました。たんぽぽという花がありますが、地上に出ているのは15センチでも地下には1mを越える根があります。生命は根に宿り、地上の草が踏まれても花が摘まれても、根が生きている限りまた生えてくる、咲く、という物語です。

 「じょうぶ」という言葉を説明する際には叩かれても壊れない様子を演技し、ガッツポーズをして「じょうぶ」と叫んで笑いをとり、「踏まれる」の「れる」という受身を説明する際には王くんという男子生徒を立たせて恋人に見立て、「我愛王、王被我愛的、明白了?」と聞いてみました。そのくらいブロークンな中国語でも、通じてしまうのです。そして何より良かったことは、日本人のようにわからなくても「わかった、わかった」と首を縦に振らないことです。わからなければちゃんと「ティンブトン」と言ってくれます。こういうときに、わかっていないのにわかりましたと言うのは本当にダメだと思います。

 授業を進めていくと、最初に意味を理解した生徒が、みんなに「だからここにはこういうことが書いてあるんだよ」と説明することがわかりました。「ラオシーが言いたいことはこうだよ」と解説してくれて、他の生徒がようやく「ドンラ!」と言ってくれるわけです。

 また、得がたい授業をすることができました。試験を早めに終え、授業途中に駆けつけてきたLさんが授業の進捗状況に驚き、1年生に「みんなわかったの!」と言っていました。

 いつになく長い90分が終わり、アパートに帰ってきて、そして私は考えます。

 映画「バベル」はやっぱり、相当にひねりを効かせた、映画だったのだ。

 人は、言葉が同じだから分かり合うのではない、違う言語のもとで、自分の言ったことは伝わったのか伝わらなかったのか、死ぬまで悩み、ギリギリの努力をする、それがコミュニケーションなのだ。

 現に、同じ日本語を話す役所公司と(字あってるかな)菊地凛子は、あれだけわかりたい、わかりあいたいと願いながら最後のワンシーンまで分かり合うことがなかった。モロッコを旅する観光バスの乗客は全員がアメリカ人なのに、いがみ合い反目しあい、結局はブラッドピットとケイト・ブランシェットを見殺しにしようとした。最初から敵視し、話し合おうとすら、しなかったではないか。ブラッドピットを助けたのは全く言葉の通じないモロッコ人ではないか。

 言葉の障壁ではない、障壁は言葉以外にある、強く感じた90分だったのでした。あしたも助教さんいません。明日は今日よりもっと難しくなります。でも大丈夫です、早く明日が来ればよい。

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