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2012年9月28日 (金)

始まった国慶節、そして「消費される『もの珍しさ』」

 28日金曜日、1時間目の授業に教室に入りました。

 生徒がものすごく、楽しそうです。そのはずです、この授業が終わったら約1週間の国慶節休みが始まります。過半数の生徒は郷里に帰り、家族と一緒に月を眺め(中秋節は今年は30日)月餅を食べます。

 私は先日、この月餅を衝動買いしましたが、それはやってはいけないことだったというのが、わかりました。各学年各クラスの生徒が月餅をプレゼントしてくれるのです。直接アパートの部屋に来てくれる人もいますし、授業の際に手渡してくれる人もいますし、研究室に持ってきてくれる人もいます。それぞれ全部味が違い、どの生徒も「ハルピンで売られているので一番おいしいのはこの月餅です」といいます。お気に入りの会社のお気に入りの商品というのがあるわけです。

 あっというまに冷蔵庫が大小さまざまの17個の月餅で埋まりました。1日に一個はとても食べられませんから、一ヶ月ぐらいおやつには不自由しないことになります。

 さて、授業が終わると生徒達ははじけるような笑顔で友達に手をふり、帰っていきました。湖北省の生徒は30時間掛けて、江蘇省の生徒も20時間掛けて、そしてわが地元、黒龍江省だって、ソイホワとかだと2時間だけど、アムール川沿いの黒河とかになると10時間かかります。それでも家には帰りたいでしょう、入学以来2週間に及ぶ軍事教練、終わっても毎朝6時から30分の強制ランニング、夜は6時から8時まで強制の夜自習。自習なのに先輩の4年生が来る、私のように教師が来る。そりゃうれしいでしょう。1週間で終わる休暇だけど。

 817日に来て間もなく1ヵ月半が経とうという今、考えます。

 1年生、2年生が授業の中で、そして3年生、4年生が買い物をはじめとする私生活の幇助、という形で示してくれた「好意」について、です。

 その内実は、「もの珍しさ」でしょう。1年生のワンくんはいみじくも、「映画でしか日本人を見たことがありませんでした。実際に見る日本人は先生が初めてで、そして映画とは全く違っていてびっくりしました」と、語りました。

 とんでもなく好意的に接してくれた彼らだけど、その「もの珍しさ」は、当然消費されます。小学校に転校してくる新参者は最初、ものすごく皆に歓待されます。しかしあっというまに教室の人間は興味を失います。それが当然だし、それでいいのです。健康な好奇心を持った人間にとってストレンジャーというのは魅力的に見えます。人じゃなくたってそうじゃないですか、新規開店したストアはとてつもなく心をゆさぶります。そして、その「もの珍しさ」は消費されます。

 ストレンジャーであった頃に世話を焼いてもらえた、それを自らの魅力のせいであると勘違いする人間の悲惨を、私は小学校の頃からずっと嫌というほど見てきました。

 国慶節が終わると、生徒はまたいっせいに学内に帰ってきます。私への「もの珍しさ」は、完全に消費されました。こっから「授業」が始まります。新しい何かの話題を提供することで、あるいは新しい授業手順を手に入れることで、一時的に擬似ストレンジャーになることは出来ますが、「生まれて初めて本物の日本人を見ました」という生徒の好奇心に寄りかかって授業をしたこの1ヶ月はもう永久に戻りません。

 じゃあ私はどう、今からの膨大な課題をこなせばいいのか。

 生徒の、「自らの目標への誠実さ」に期待するしかありません。さしあたって201312月、つまり1年と少しあと、N2、すなわち日本語検定があります。それへの集中力を持続させる力は結局、私の中なんかにはなく、また強制的にさせるものでもなく、生徒の中にしかないのでした。

 生徒との再会は、早くて4日か。

 待ち遠しい。

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