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2012年9月27日 (木)

生徒から月餅のプレゼントを受けること、そして考えたこと

 引き続き単語の発音を練習、簡単な日常会話のトレーニングが始まりました。

 今朝、何時に起きましたか? 朝ごはんは何を食べましたか? のようなことです。そのあと、数の数え方に進みます。そしてつくづく、日本語って不規則だなぁと思います。

 数が増えるときは、いち、にぃ、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅう、となります。

 しかし減るときは、じゅう、く、はち、「なな」、ろく、ご、「よん」、さん、に、いち、と、七と四が純粋に和語となります。減るときはほんの少し難しいので和語が出るのかもしれません。

 ところが、本を数える際は、いっさつ、にさつ、さんさつ、よんさつ、であり、決して「しさつ」にはなりません。

 助教のリュウさんは、量詞をいくつか黒板に書きます、本、個、脚、台、日、月、年。しかしいっぺんにはとても無理です。そもそも「本」だけにしたって、いっぽん、にほん、さんぼん、よんほん、と、「ほん」「ぼん」「ぽん」が交錯します。耳で、口で、覚えるしかありません。

 今日はどういうわけか、私よりかなり年上らしい、学校の偉い方が参観に見えました。生徒はさかんに手を挙げ、覚えたことを発表していました。

 さて、土曜日から生徒達は1週間のお休み。「国慶節」です。家が近くにある生徒は帰り、家族と一緒に月を見ながら月餅(げっぺい)を食べます。

 午後3時すぎ、研究室で宿題の採点をしていると、男子が1人、そっと入ってきました。筆談で、「教室へ来てください」。

 自習時間のはずだけど日本語の発音で質問かな? と思いながら教室に入って行くと、なんと立派な箱詰めの月餅のプレゼントでした。

 ふと、日本にいたのではあまり感じることのない慨嘆に、襲われます。

 よくよく見つめてみると、私の中に立ち上がったその感情は、「恐怖」に似ています。

 自分自身に対する恐怖、8割、そして生徒に対するそれ、2割です。

 今、週に12時間も授業を担当する1年生との関係が良いか悪いかと言うと、そりゃ「良い」でしょう。

 でも、密接に結びついた精神的なつながりは、それが破綻すると大きく、負の方向へとスイングします。

 大好きだった誰かが、いったん何か起こると、それをきっかけに「大嫌い」になります。

 そんなこと有り得ないでしょう、というような危機感欠如の人間はだいたいにおいて、失敗します。

 この、今の「関係」に、全力で責任を取らないといけないのだ、と強く思いました。それに生徒は23人います。教師に対する評価は23通りあり、それは生徒それぞれの人生観、世界観と、深く結びついています。

 私は、さして内実のない、つまらない人間です。たまたま生徒の中に、日本語への興味関心が旺盛なので、このような良い日々を過していますが、その「日本」もまた、揺れ動いています。現実に親戚から「日本語の勉強なんかやめて故郷へ帰って来い」と言われ、苦しみながら勉強しているものもいます。

 人間関係は常に安定したものではない、61歳にして、その「恐怖」に向き合う日が来るとは、正直、思わないでここまで来ました。でも私はここにいます。他にいる場所は、ありません。

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