2016年2月27日 (土)

コメントありがとうございます~中国からはコメント返礼不可なので

 ココログさんからアメブロに乗り換えたのは、自分のブログにいただいたコメントが閲覧できなかったり返信できなかったりするためです。

 申し訳ありませんが、貴重な情報なので、コメントではなく、

naka19510703@yahoo.co.jp

 まで、ちょくせつご連絡いただきますよう、お願い申し上げます。

 日本からなら、自由なのですが……。

2015年4月 2日 (木)

やっぱりアメブロに帰ります

 やっぱり、本ブログ「ココログ」はあきらめ、アメブロに戻ろうと思います。

http://ameblo.jp/hainanshifandaxuenaka/

 であります。それにしてもベタなURLだね、どうも。

 理由は、複数の方から、「コメントを拒否されるし、それ以外にもリンクの不備があるようだが?」というご指摘を受けたからであります。通りすがりの方ではなく直接に存じ上げている、あるいは同職だったり同国に滞在していて直接に近い密度で存じ上げている方なので、その方のご意見を時に拝聴できないことがあるというのはまず失礼だし、次に「もったいない。」

 アメブロに帰ります。

 さて。

 2年生に、「我が故郷を語る」という作文を書くように指示。

 書き方なんか指示しないで、まずは故郷を語って下さい、というのであります。

 もちろん、中国人ですから、どの地方の出身者も褒めて自慢して賞賛して懐かしんで称揚して……って、みんなおなじ意味ですけど、まぁ故郷に対しては絶大の信頼を寄せているわけであります。

 

 ある人はこう語ります。

 

 私の故郷は河南省信陽だ。私にはそこは一番きれいなところだと思える。

 春が来て、柳の芽が出る。それから、桜、杏と桃花などが次から次へと咲いてくる。風になびいている柳の枝に姿を表す小動物たちが加わって、なんと生気があふれる春だろう。夏には緑の稲田が道路の両側に並んでいる。このような景色を見ると、あなたも爽やかな印象を受けるだろう。秋になると、人々は黄金色の稲田でずっしり重い稲穂を刈り入れる。豊作の喜悦があちこちに溢れる。冬といえば、木の葉がだんだん落ちて、すっかり禿げている木の幹が残る。雪が降るたびに一切が白くなる。真っ白い氷雪の世界が目に入る。

 私の故郷は景色が美しくて、空気も奇麗だ。私にはここはどんなところより美しい。私がその地で生まれその地で育ったからだ。

 

 ……またとない桃源郷であります。このように書かれると私も行きたくなる。住みたくなる。そこに骨を埋めたくなる。「人間到る処青山あり」の「青山」というのは死に場所でありますが、私もその時が来たらそこで静かに横たわりたい。

 他にも。

 李白、蘇軾、鄧小平の出身地です。

 峨眉山という天下の名山があります。この山を一目みた人は生涯その感動を忘れることがありません。

 住んでいる人間はみな熱情で隣人にも未知の人にも優しいです。

 

 ……故郷を誇れる、というのは大事な事であります。故郷を誇れない人は、他の地方も愛せない、と私は固く信じております。アメリカが好きだ、アメリカの歌も映画も何もかも好きだ、という人が仮にいたとして、その人が、生まれ育った日本への愛をベースにそれを言うなら理解できるが、日本が嫌いでアメリカを賞賛するという人は私の理解を超えている。幸い、私はそういう人に会ったことがない。

 中国の人がほぼ1人の例外もなく「好きだ」というものが2つあります。

 旅行と、映画であります。

 自分の生地を愛する。全身全霊を込めて賞賛する。作文にも書く。その上で、他の地方へ出かけて見聞を広める。もちろんその地方と人々に対しても賞賛と共感を惜しまない。ただ、ベースには故郷への愛がある。

 私は、中国の人が時に自国をぼろくそに言うのを知っております。しかしそう言いながら、心の底では中国が大好きだと思っていることも知っている。それが健全というものであります。

 中国に住んで2年半。

 心の底から、「良かった」と思うことがある。それは、日本という国に対する愛着が以前より強くなったことだ。この国を侮辱する人間は許せない。歪んだ、あるいは政治的にバイアスのかかった歴史観に基づき、70年前の罪を詫びよ、土下座せよ、と恫喝する人は私の理解を超えている。そういう人が仮に「いる」として、その発言のベースに自国に対する愛着があるのかどうか、わたしにはわからない。自国に対する愛着のない人は他国の人の愛国心の世界に踏み込んで恥じない、のではないだろうかと思う。それは、科学的・理性的に領土の問題を論議するのとは別のことだ。

 幸い、そういう人に私は「直接には」会わない。そんな人は現実にはいないのかもしれない。

2015年3月31日 (火)

ウミガメ保護組織の情報

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 亀の事を書きこんだのが昨日の日曜日。

 本日になって、私のブログをご覧いただいた方から、メールをいただきました。

 海南島在住の、海を愛する日本人です。(ちなみに日本のお宅も海のそばにある)

 コメント書き込みしようとしたら「拒否」されたらしいのです。うう~む、ニフティのシステムの問題なのかそれとも中国の(海南島の?)問題なのか?

 少し前まで、この「ココログ」は更新・投稿はおろか閲覧もできなかったのだから、たぶん後者だ。海南島の東南にあるリゾート地で国際規模の会議が終わったから(日本から福田元総理が出席したという)そろそろこの条件も緩和されるのでは? という、淡い期待。

 

<お寄せいただいた情報、原文のまま>

亀博士 いいですね~

今度 機会があったら 私も一緒にお話 聞いてみたいです。

三亜には ウミガメ911という組織があり、陸地に来てしまった亀を保護して

海に帰す 活動をしているところがありますよ

http://www.seaturtles911.org/cn/

リッツカールトンも協力しているよう(本当かな?)

http://www.sanyatour.com/about.php?op=newscon&id=4275

その亀博士も上記組織に関係があるのかな?

 

 ……さっそく、いただいたURLのサイト、訪問してみました。ウミガメを保護する多国籍の人が参加する団体です。おどろくべし、私が海口の温泉ホテルで食事をしながら話を聞いた亀博士とそっくりの方が、キャップをかぶって写っています。メールで「これは君か?」と訊いてみようと思います。ただ、亀博士の返信メールは恐ろしく長く、読むのは100mの全力疾走を3本やるより(1本もやったことないけど)疲れます。

 

 写真は、夕食会の前、亀博士からいただいた花束。メールには、「カーネーションは楽しんでもらえたようで嬉しいよ」とありました。

2015年3月29日 (日)

外国人と会話。私の……日本人の?……悪い「くせ」

 2月某日、ずっと空き家だったアパートの向かいの部屋に、ご老人が入居。

 カリフォルニアから来た、ジェームズ氏。亀の研究をする学者様であります。海南師範大学の副学長に招かれたようで、3ヶ月の短期滞在で外国人用アパートに住み(おそらくは私と同じく大学公費で)三亜などに出かけて亀の写真を撮り、お返しに滞在期間中、英語科の生徒に英語を教える。そういう滞在・業務内容だと理解しました。

 私の方から誘って、土曜日の夜ごはんを一緒に摂りました。大学の正門前の温泉ホテル(なぜか温泉がホテル内にない。近くにもない。謎と言うほかない)の4階にあるレストランであります。定食がなかなかおいしいのであります。ただしまったく辛くないので、湖北省や湖南省、四川省の皆様はものたりないことでありましょう。

 ジェームズは、「おいしい、おいしい、良いレストランに連れてきてくれた」と、喜んでくれました。ちなみに彼は、初めて会う私の配偶者に、立派な花束をわざわざ買ってきてプレゼントしてくれました。中国ではハルピンもそうだったけど生花やさんというのが少なく、購入がたいへんなのであります。

 ジェームスの専門は亀であります。

 世界的にそうだが、亀はしばしば、全く保護されていない。亀を殺すな、食べるな、卵をとるなとずっと訴えてきた。こんな神秘的な、貴重な、研究しがいのある生き物はない。

 博士はそのように憤ります。あるいは嘆きます。

 イシガメ、草ガメ、スッポン、淡水だけではなくウミガメのたぐいも、博士は研究対象とされているようであります。日本の浮世絵でクサガメをモチーフにしたものも見せて貰ったけど、うう~む、鈴木春信の画に、亀が登場するのだなぁ。春信はもっぱら男女のからみを描こうとしたのだろうけど、亀博士の目にはその足元に描かれた所在なげなクサガメの方が重要なのだ。

 「ある種のウミガメの卵が、孵化してオスになるかメスになるか、気温が関係しているんだ。高ければメスになる、27度より低ければオスになる(逆だったら私の聞き間違いです)。そのくらい微妙な、神秘的な生き物なんだよ。」

 「君の家はどこにある? 北海道? 美しい所だ。札幌に一度行ったことがある。ただ、北海道には亀がいない。とても残念だ。」

 亀は、気温が低い所にはいない、と博士は言う。

 私は冗談で、Turtle is there even though in Hokkaido, it is me, every day every time it put away his head into body when it was scolded by wife. と言おうかと思いましたが真面目な博士なのでやめました。なにしろ、食事の注文の際も、ビーフやポークはいいがシーフードはダメ、というほどの、海に愛着ある専門家ですからね。(彼は、君が食べるのは全くの自由だ、と言ったけど)

 日本人には、とても悪いクセがあります。

 外国人と話す時、全部がわからなくても、ふんふん、はぁはぁ、と言って、わかったふりをしてしまうことです。

 それはダメだと思い、できるだけ「ん? うまく理解できなかった。もう一度お願い」というようにしました。でも、そうばかり言っていると、会話が前に進まないのですよね。

2015年3月28日 (土)

携帯電話会社「中国移動」から押金を全額返金される…何か不思議?

 128日に、(日本が真珠湾を奇襲した日だ)外事処秘書官さん(といっても英語科の4年生)の世話になり、中国移動の携帯電話を海外発信・受信対応に替えました。その際、800元の保証金を払い、1分間0.8元という説明を受けたので「そりゃ安い。めっちゃ安い」と大喜びしたのですけど、電話代が爆発的に増え、2月末までに日本円にして2万円以上を出費することになりました。今ではこの「1分間0.8元」を、おおいに疑っております。家族や親戚に、10分程度の雑談を合計で1時間したかしないかであります。もしかしたら待機中もそれなりの課金があるのかもしれない。

 そんなわけで、32日に解約。これには外事処秘書官さんの同行を求めませんでした。紙に「国际服务停止」と書いてみせるとOKでありました。その両端に適当にをあしらっておいたかもしれない。なまじ中国語を発音するより書いた方が相手は助かるようであります。もちろん、中国移動の窓口さんが書く漢字は全部完璧に理解できます。

 その解約の際に、「保証金の返金は15日後になる。しかもこの窓口ではできない。五公祠の近くの、ここよりもっと大きな営業所へ行け。」

 じゃまくせぇな、と思いました。しかし800元は放っておくことのできる金額でもないので(15200円ね)授業のない金曜日午前、探しに参りました。観光地・五公祠までは徒歩25分。いつも通勤バスが走る道の両側には中国移動の「大きな営業所」はないので、じゃぁこっちだろう、と、通勤バスの経路じゃない所を歩くと、どんぴしゃり、ありました。

 入り口のところに、ランプをこすると出てくる中近東の昔話の怪人みたいな体格の男性がいたので、これこれの用事で来た、と筆談すると、日本の銀行にある番号カードの発券機の操作方法を教えてくれました。「顧客」ボタンを押し、電話番号を入力するとカードが出てきます。私のは「A1041」。朝からもう41人も来てるのか、と思う。別に快速特別客というのがいるらしい。それはV1001とかV1002とか呼ばれている。AVの違いは何なんだ。

 ぴんぽーんという音がなり「A10☆☆番のカードをお持ちのお客様はカウンターへお越しください」というアナウンスが店内に流れそのカードを握りしめたお客が椅子に座った瞬間からいちいち私は時間を計ったが、短い人で5分、長い人で30分。

 私が来店した時は26番のお客が対応して貰っていたが、それから1時間で私が呼び出し。窓口さんは何か決まりでもあるのか、みんな女性で、髪の毛を1本の後れ毛もなく後ろにまとめ、そしてメガネをかけている。ピアスはしない。化粧は薄い。新規のお客を迎える際には銀行のように横柄な態度じゃなくちゃんと立って笑顔を向ける、というのが気持ちいいのであります。近代化、とは洗練、のことであります。

 最初に、「票をお見せください。」ピャオ?「呼び出し番号札のことです。」あぁなるほど。

 来意を紙に書き、「对不起,我不会说汉语。」と口頭で言うと、オールバックの彼女は本当に素敵な笑顔を私に見せてくれました。書類を見せて紙に「我要拿保证金」と書くと、彼女は私の「」を消して「退」と直しました。返金を受ける場合は「退」を使う。勉強になります。

 800元はそっくり戻ってきました。私と奥さんの3週間分の食費(外食費を含む)であります。

 以前この話をしたら、インドとベトナムに滞在経験のある某知人は、「私の経験ではその金は戻らない。なんやかんやと難癖つけて全額は返さないものだ」と言いましたので、「中国では帰ってくると思うよ」と私は自分の考えを述べました。で、私の予想通り、中国の携帯電話会社の押金は、何の付帯事項もなく当たり前のように戻ってきたのであります。

 最後に、「我得到最好的服务,太感谢您。」と告げてパスポートをカバンにしまうと、思った通り彼女は立ち上がり、とびきりの微笑みでカウンター周辺の空間を制圧したのでありました。

 「神は昼と夜のあわいに宿り」という小説があります。海外で女性の対応に感謝した日本の初老男が、つい「君はすばらしい、息子の嫁にしたいぐらいだ」と発言し、冗談で済まない混乱を招く、帰国して行った初老を5年の間、誰とも結婚せず待ち続けた女性が、再訪したその男から「あれは冗談だったんだよ」と言われて川に身を投げる、という喜劇のような悲劇であります(どっちなんだ)。

 つい、言ってしまいそうになる瞬間というものがある、と思いました。

2015年3月27日 (金)

近代化とは「洗練」のこと。私もビザとビデの区別ぐらいはわかる人間に……

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こ中国では、何かが遅れるのは当たり前、という意識があります。

 ハルピンの地下鉄一号線はだいたい1年半、遅れて営業開始となりました。黒竜江東方学院の移転は、201410月の予定が153月に。かなりのスピードアップが果たされたことになります。ちなみにハルピンでは土木工事と名のつくものは春から秋までしかやりません。1年の半分は厳冬期ですから、遅れて当然なのであります。大学移転が半年の遅れというのは立派だと思います。

 土木工事じゃない分野ではどうでしょうか。

 2014929日、海南島到着、私はこのアパートに入りました。いろいろな不備はありましたが、カビ除去を業者さんに頼んでやって貰ったというと、費用の150元を領収書なしに即日、日本語科主任が自分の財布からくれました。「おぉ」と思ったのであります。今までの感覚じゃ、そんなもの支払われないか支払われたとしても山ほどの書類を書いて数週間まつ、という具合でありましたから。

 外事処から「居住施設で何か不備は?」と質問されたので、居間の電球が切れてる、台所の換気ファンが回らない、トイレの貯水タンクの水がいっぱになっても自動的には止まらない、ガスコンロの片方が点火しない、点火するもう片方も五徳が腐って鍋が載らない、とそれだけを要求しました。

 台所の電球はすぐ取り替えに来てくれました。自分でやれば良いのですけど中国のアパートの天井はシスティナ礼拝堂のように高く(少しだけ誇張しております)危険なことはやりたくないのであります。

 台所の換気ファンとガスコンロは12月にとつぜん直りました。業者さんが来るのはだいたいにおいて12日前の連絡。日本ならもっと前の連絡だけど中国ではこれが合理的なのでしょう。

 そしてなんと、要求から5ヶ月半後、便器が新しくなりました。貯水タンクだけを修理するのだと思っていたら、便座から何から全部を取り替えるのです。業者さんは工事のあと身振り手振りで、「セメントが固まるまで使わないでください。水も流さないでください。」いつ固まるの? と聞くと、「明朝8時。」

 それまでは、大学校地内の公共トイレを利用するわけであります。

 真夜中、奥さんに「63歳になって結婚相手と中国の街をトイレ探して歩き廻るとは思わなかった」というと、あたしだってそうよ、という返事でありました。

 まぁ、とはいえ。

 中国の大学の事務システムが私のような者の要求を忘れているわけではなくちゃんと覚えていて何かは常に進行している、ということを知ったのは新鮮でありました。

 次は、W先生の部屋の2つのエアコンのうち1つが壊れてるの、直してください~。

 

 いずれにしても。

 私のような外国人にも、だんだん住みよくなる、そのことが実感できます。近代化、とは「洗練」と呼び換えることが可能であります。

 さて。新しいトイレ。

 業者さんは明朝8時、と言ったのですがそれより更に5時間ほど長く待ち、かたじけなく使用。

 「ウォシュレットのボタンはさすがにありませんね」というと、配偶者は「残念ながらね」。

 まぁ……私の「洗練」は、ついこの間、ビザとビデの区別を知った、その程度なんですけど。


2015年3月25日 (水)

安倍「わが軍」発言に覚える違和感

 自衛隊は「わが軍」なのかということについて、いつものように小さなコップの底と表面をぷくぷく孤独に上下しながらボウフラは考えるのであります。

 まず、高校教諭時代、自衛隊に送り出した、たくさんの教え子(教えたという実感は実は薄いが……彼らが自分で勉強したのだ。教え「よう」としたら学ばなかっただろう)の顔を思い出しました。

 入隊後数ヶ月して、「先生僕もイラクへ行けることになりました」と職員室まで報告に来てくれた、野球部出身の男。

 真駒内に入隊し、そこで同じ自衛官と知り合い結婚し現在は除隊している、なぜか高校在学中丸坊主だった女子。(廊下を物を持って移動していると必ず「先生運びましょう」と手伝ってくれた)

 高校教諭は、卒業生が企業に就職する際、ものすごく入念に推薦書を書きますが、自衛隊に入隊する際にはなんにもしません。生徒自身とその親が自分達ですべての手続きを行います。担任教諭は生徒の希望をふんふんと聞くだけです。受験指導をしようとしたら、「それも募集事務所の仕事です」と言われました。

 不思議なもので、何にもしないとなると逆によく、入隊後の生活について考えます。

 自衛隊には「家族感謝の日」というのがあります。1年に1度、家族を基地に招待し、平素の訓練を見せ、戦車やヘリコプターに体験乗車させ、自衛官と一緒にご飯を食べ(自衛官が規定の材料を使い、調理する。実はものすごく味が薄い。健康に留意しているせいだろう)させ、更に自衛官としての意識を交流するディスカッションに出席させます。とても有意義な1日であります。

 私は家族ではないけれど、ある年度、学校側の窓口みたいな仕事をしていたので、この感謝デーに招待されました。場所は真駒内であります。

 ものすごく激しい訓練に、しょうじき、感動しました。特にレンジャーであります。垂直の壁を、ロープ一本を使い、火器を含む思い装備を持った隊員が恐ろしい早さで駆け下り、また登ります。命綱もなしに高い鉄塔の上に張られた水平のラインを恐怖の表情も見せないで移動します。

 恵庭と真駒内の合同チームが東ティモールの奥地に橋を架けに行った映像を見たときは、涙が止まらなかった。先遣隊は後発隊のために宿営地を作る。だから到着時は草むらに寝るしかない。大地にはどんな、未知の病原菌がいるかわからない。しかし隊員の顔はどれもみんな明るく、実際に橋が完成するその瞬間まで、その表情の輝きが変わることがない。

 いつも、思い出すのであります。ビデオの操作をしたのは、実際に架橋作業に派遣された若い陸士であります。

 そして、あらためて、安倍発言を、思いました。

 尊敬するあれら自衛官の11人は安倍の脳中では「軍人」にほかならないのだ。

 東ティモールの子ども達に「敵ではない」ことを知らしめるべく、隊員達は一緒にサッカーなどの遊びに興じる。日本にいる時、彼らはものすごく無口でシャイだが、いっしょうけんめい笑顔を作り人間関係を作り、そしてそれは「橋を架ける」ためである。その橋には完成後、現地の言葉で名前がちゃんと付けられたが、東ティモールの人たちは今もその橋を「エニワ・マコマナイ橋」と呼ぶ。

 安倍発言に違和感を感じる人は思いの外すくない、ように見える。ネット上には、「実際に軍でしょ? なにか問題が?」という書き込みがあふれる。

 ボウフラは「ちがう」と叫ぶ。「あなたたちは『軍』の一員ではない。」

 国家の経済行為のために、私たちの経済的繁栄のために70年前に300万同胞が死んだ。戦争とは経済行為にほかならない。あなたたちの命は、経済的繁栄と引き換えに失われてはいけない。70年前に私たちが学んだのはそういうことだ。あなたが戦って死なないと日本が飢えるというなら、少なくとも私は飢えて死ぬ。

2015年3月24日 (火)

あなたの、日本に対する印象は?

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 私より長く、私より多くの都市で(私は
2大学、2年半)、多様な学生に日本語を教えてこられた方のブログを毎日拝見に参ります。

 先日ブログ主さんが、「中国では本当に『反日教育』なるものが行われているのか」という内容のことを書いていらっしゃいました。それを読んで私も、確かでない印象やもっと悪く言えば期待や思いこみで日記を書き散らすことの間違いについて考えてみないといけないと思いました。

 言語学者の指摘を待つまでもなく、理解とは願望にもとづくものであります。

 目の前の事実について「こういうことの結果に違いない」あるいは「こういうことの結果であったら『いいのになぁ』」と思いつつ眺めると、どうしたって希望通りに見えて参ります。

 いつまでたっても私の理解ないし判断は客観的(科学的)なものにはなりません。

 ここに、今学期の最初に2年生と3年生に書いてもらった自己紹介シートがあります。全部で100枚近い。その中から、「あなたの、日本について知っていることを教えてください」項目への回答を挙げてみます。あえて、文法的・用語的な間違いは直しません。

 ・桜の国と子どもの頃から知っています。日本人はとても優しくて、いつも笑顔にしています。日本の経済もとても発達していて、中国から出稼ぎで行く人が多い。日本のアニメは世界中でとても人気です。「武士精神」もよく知られています。(3年、女子)

 ・料理がおいしと、桜がきれいで環境が清潔し。(同)

 ・先進国、人が多い、漫画が面白い、技術が先進です。(同)

 ・漫画とアニメが多いです。たくさんの有名な作家がいます。例えば、川端康成と太宰治など。(2年女子)

 ・一つの島国、先進国、多くのロボットやアニメです。(同)

 ・礼儀を重視し、空気と街はとてもきれいで、発達したアニメ文化があります。きれいな景勝地も多いで、非常に美しい国です。(同)

 ・本当に美しいです。特に、日本の櫻花は(中国人は桜よりこっちの字の方をよく使う)きれいです。もちろん、たくさんの刺身、温泉があります。よろしくお願いします。(同)

 ・一番深い印象のは、伝統と現代のよく融合するところです。それから、日本人がとても優しいです。(同)

 ……もちろん私が出会うのは全員が日本語科の大学生だし、仮に日本語が第一希望じゃなく高考による「ふりわけ」だったにしても「日本を好きになろう」という努力をしているわけだけれど、それでも悪意は感じません。何度も本ブログで報告しましたが、「何国人?」と聞かれ「日本人」と答えて相手の表情が険しくなったという経験はただの1度もありません。

 なるほど、日本人が「ある」と思っている反日教育ってのはどこでどのように展開されているのか。されてなどいないのか。

 一度、中国の大学生と食堂でご飯をたべていたら、ヨコの席でじっと聞いていた男の人が会話の切れ目に椅子を移動させてきて、「日本語だろう? 日本人だろう? オレは日本が好きなんだよ。いろいろ教えてくれ」といってきたということがありました。

 もちろん、13億も人がいるのですからそりゃいろいろだろう。しかし日本人の一部が思っているほど「反日教育」がさかんに行われているという印象はない。むしろ、日本人に対する好意の方を、よく感じるのであります。

 中国人が日本のことを嫌っていないのに日本人が嫌うというのは、残念だ。損だ。そして私はこの「反中意識」を、誰かがある目的のために醸成したものではないかと思っている。もちろん証拠はない。

 日本と中国が険悪な状態でいることで何より得をするのはアメリカだ。何かこう、昔より、アメリカと日本の仲が良くなったように感じるのは私だけだろうか。そして、アメリカと日本が心理的に近づくとき、どんどんと「中国は嫌いだ」という論調がネット上に増す、そう感じるのも私だけだろうか?

 え? やっぱお前だけだって? ども、すいません。(といってボウフラはコップの底へ潜る)

 日本がドルを買い支えなければこの、過去はほとんど唯一と言って良かった決済通貨はとっくの昔に破綻している。少なくとも20143月には破綻していた。日銀は総量緩和で発生した円ですべての国債を買い、それまで国債を買っていた他の金融機関はドルを買いに廻った。あえて、言う。しょせんは、紙切れだ。か、み、き、れ、だ。その紙切れを買うのは日本人が汗水流して働いて得た80兆円だ。(え? 違う? 日銀で印刷したものだ? いや、同じでしょうよ)

 いっぽう、世界はドルとアメリカの凋落に備えている。1999年のユーロ誕生はそれだったし(クリントンがどうしてこれを阻止しなかったか私には謎だが)今回のAIIBもそれだ。もともと中国が「もっとADBに金を出すよ。金を出させてくれないなら別な銀行を作るよ」と言ってアメリカに働きかけたのを即座に断って中国が新しい銀行を作るのを黙認(というより誘導)したのが当のアメリカだが、そういう経過がある以上、日本がこれに加盟することはあり得ない。なにしろAIIBの資金を4割供給するのが中国なのだから。かつて世界の盟主であったアメリカがそれに参加することはあり得ないし日本に参加を許可することもあり得ない。

 日本は沈む泥船から飛び降りることが出来ない。やがては中国と、英独(仏?)をはじめとするユーロ圏の主要国が出資した開発銀行が極東シベリアで、東南アジアで、原油と希少金属を発掘しそれを運搬するための道路を作り始めたら、……その時になっても、ある種の日本人は「それでも中国は嫌いだ」と言い続けるのだろうか?

 

2015年3月23日 (月)

中国の大学生その健全な「好奇心」。浴衣着付けの日に~

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 我が配偶者はベトナムで日本語教師をしておりました。いったんそれを辞め(いったん、というのは、また始める可能性があるからです。私が、中国がおわったら、配偶者じゃなく自分をベトナムに売り込むかも知れませんが)
214日……高校教諭時代はたくさんの甘物が食べられた日。というのはスポーツの出来る、女子生徒に人気のある教諭がこんなにたくさん食べられないからと私にくれるから……に海南島に来ました。

 3月のある日、この配偶者が海南師範大学にやってきて、2年生と3年生に浴衣を着せてくれました。

 反応はいろいろであります。

 興味深そうに見つめながら、更には友達の着付けを手伝いながら、しかし自分は恥ずかしがって着ない人。

 授業の最初に配偶者が説明し、その最後に「じゃぁ誰か1人にモデルになってもらって最初に着付けましょうね」と言うと、周囲に有無を言わせぬ迫力で「私私私私私です私!」と叫んだお茶目な人。(でも着付けがおわると、たいへん恥ずかしそうに顔を隠した。)

 最初から最後まで友人の着付けを熱心に手伝って、自分が着るときも見事なシェイプに仕上げた覚えの良い人。

 ただ残念だったのは足元であります。配偶者は女物4着男物2着を用意しておりますが、さすがに下駄までを日本から持ってくることはできない。

 帯を造形するのが、浴衣を着るときは一番難しいのです。長い帯の体に巻いた残りをたぐり寄せ何重かたたんで真ん中を絞り蝶の形を出しますが、中国の学生はおぼえがものすごく早い。

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 痩せた、背の高い、脚の長い人が多いので(特に北方の人)そういう人は工夫が必要です。普通に着ると、帯が上過ぎます。やっぱり浴衣というのは日本人にあっているのかもしれない。ただ中国の大学生でも、似合う人は非常に似合います。関西弁で言うと、「よう、うつってやわ」となります。ちなみに岡山でも使う。……ってなんの話だ。

 男連中も、熱心に見守っていました。(中国の男子学生は全員彼女がいるからね。)しかし3年生は女子43人男5人なので、来週廻しであります。

 

2015年3月22日 (日)

はるかなる三峡ダム~この国のインフラについてボウフラが考える

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 私には、いくつかのことがわかりません。

 どうしてこの国の政府が、地方のインフラ整備に本腰を入れないのかということです。

 2013年の10月、私はハルピンから火車に乗って鶏西へ旅しました。往路は珠玉の2年生、洪くん(この名字も中国にはやたらに多い)と一緒でしたけど、帰りは1人でした。

 ずっと、火車の窓から黒竜江省東部の景色を見ていました。私が疑問に思ったのは、農村部を流れる川が、甚だしく濁っているということでした。

 川が濁っているということは、土地が削られているということです。実際に、水の流れが玉蜀黍畑を削っている、その様子を直接に目撃できる場所もありました。タイムラプスカメラを据え、数日で1コマの撮影で動画ファイルを作るなら、川の流れが恐ろしい速度で人間の土地を流し去る様子が観察できるでしょう。

 もちろんそんなこと畑の持ち主も気づいていて、川の屈曲部分では土嚢を積み上げるなどの護岸措置がとられています。しかしその規模は悲しいほど小さい物で、とても畑を保護できているようには見えませんでした。

 毎日たいせつな玉蜀黍の世話をする農家の方々が、川の濁りを知りながら放置(にちかい状態に)しているのには、明白な理由があります。

 その土地が私有地ではないということだ。

 中国では農民といえども土地の私有が認められていません。リースであります。その期間が、ロシアのように30年なのか、あるいはもっと長いのかわかりません。(たぶん70年程度?)しかし子へ、孫へ、永世受け継ぐ物ではない。本気で護岸工事を当局に要求する熱意も半減するというものでありましょう。

 人間の土地を守る責任は政府にあります。なにぶん釈迦い手技政権なのだから。

 遼寧省のある市へ帰省する学生に質問したことがあります。「家まで何時間?」まぁ特別な条件の人だったのでしょう、彼女は真面目な顔で「三日」。冗談でしょう、あなたの家は立派な☆☆市の行政区域内にあるじゃん、と聞くと、返事は「それでも三日」。

 市域ではあるけれど、道路が存在しないのです。彼女が家にたどり着くまでには、火車、公共バス、三輪バイクタクシー、馬、徒歩、もしくは父の運転するオフロードバイクでの迎え、とそれだけを乗り継がないといけない。

 私たちは中国の映画を観ます。名作「山の郵便配達」を観て、すっごいプリミティブな生活に感動する。しかし字幕には「これは1980年代の湖南省が舞台である」と出てきてひっくり返る。「いま」の光景なのであります。同じ監督の「Postman in Shangrilla」はもっと未開の土地を描き出す。その「未開」は感動の要因でもあるわけだが、まさか当局は映画的感動のために上海空港のツインタワーホテルと電気も水道もない広大な田舎の生活条件と、2つを1国に併存させているわけではないだろう。

 長江の治水のためにはるかな昔、三峡ダム工事が行われた。終わった。しかし、それを必要とする地域はどう考えてもこの国の半分、少なくとも三分の一は、なお、あるのではないかと思う。それは、とりあえずおいておく。しかしAIIBは設立する。中国が4割を出資して、東南アジアをはじめとするインフラ整備を行う。

 ……わからないのであります。

 

 写真は、あとさき考えないで2年生に課した宿題。連絡ノート。1週間のどれかの日を記録して日本語で筆記、毎週木曜日に提出してもらいます。日本の高校だと生徒が50人居るとして期日に出すのはせいぜい6割ですから簡単ですが、中国では50人全員がびしっと出します。しかも「1ページ書いてね」と言ったのに、学生によっては3ページ書いてきたりします。読んで感想を書くのは幸福な時間でありますが、どういうわけか昔も今も、1日は24時間と、決まっているのであります。

 

 日記と言いながら、詩を書いてくる学生もいます。

 「私の唇には、あなたに『好き』と言ったその回数が書いてある。」

 63歳の私が、焼き餅を焼くのであります。なにぶん、デビュー当時のチャン・ツィイーみたいなおっそろしく可憐な女性だからね。

 ちくしょっ!

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